2017年4月28日金曜日

デフレは悪くない

次より抜粋。
Randall G. Holcombe, Why is the Fed so Fixated on the Inflation Rate?
(FRBがインフレ率に固執する理由)

価格が示す情報は、商品やサービスを市場に送り出すコストである。価格の上昇は生産がより高くなることを示し、価格の低下は生産がより安くなることを示す。この機能からの逸脱は価格の情報価値を低下させ、経済計算(economic calculation)を困難にする。

技術の進歩(advances in technology)は一般に生産コストを下げるので、価格は総じて低下するはずだ。生産性向上でコストが低下すると、安定した物価水準でさえ誤解を招く。貨幣の価値がより速く低下しない限り、生産性の向上は価格の下落をもたらす。

米国では1865年から連邦準備理事会(FRB)が発足する1913年まで、物価が長期間下落する一方で、工業化経済(industrializing economy)が空前の勢いで成長した。コンピューターの価格は半世紀にわたって低下したが、市場は急成長している。

デフレは経済にとって悪くない。生産性の向上を反映したデフレは、商品とサービスの実際のコストをより正確に示す。FRBが意図的にインフレを作り出そうとすることに、正当な理由(good reason)はない。

FRBが2%のインフレ目標をちょうど達成すれば、物価は36年間で2倍になる。 現在の2.4%のインフレ率なら30年間だ。FRBが物価安定よりもむしろ継続的なインフレ(continual inflation)に固執するのは困ったものである。

2017年4月27日木曜日

産業革命は暗黒だったか

次より抜粋。
John Majewski, The Industrial Revolution: Working Class Poverty or Prosperity?
(産業革命――労働階級は貧しくなったか、豊かになったか)

産業革命に関する悲観的な解釈(pessimistic interpretations)は、広く流布しているにもかかわらず、根拠がない。実質賃金の上昇に伴い、生活の量的(物質的)水準が上昇し、死亡率が低下していることは、生活の質的(社会学的)水準の改善を示す。

実質賃金がどれだけ上昇したかは議論があるが、最近の研究によれば、ブルーカラー(blue-collar)の実質賃金は1810年から1850年に倍増した。1780年の1人あたり11ポンドから1880年に28ポンドまで上昇したとする研究もある。

児童労働(child labor)の存在は否定できないが、ほとんどの悲観主義者は、その規模と子供の健康への影響の両方を誇張している。彼らの根拠の多くは、工場制度を調査した政府委員会の非常に有名な、しかし非常に不正確な報告書に由来する。

〔産業革命による〕進歩を妨げたのは政府の介入だった。その中で最も大きかったのは、長期間にわたる激しい戦争である。1760年から1815年まで、英国はフランスやアメリカ植民地(American Colonies)との間でつねに戦争を行っていた。

戦争は生活の質を低下させる唯一の政府介入の形ではなかった。東インド会社(East India Company)やカトラー名誉組合などの政府独占企業は、経済効率と成長を低下させた。あらゆる外国商取引と貿易は、大規模な政府規制と争うことを強いられた。

2017年4月26日水曜日

アフリカが貧しい本当の理由

次より抜粋。
Marian L. Tupy, How Africa Got Left Behind
(アフリカ経済が遅れた顛末)

アフリカの貧困は、植民地主義(colonialism)、資本主義、自由貿易によって引き起こされたものではない。それは不幸な政策選択の結果であり、その大部分は独立後、アフリカの指導者によって自由に選ばれたものである。

1870年に欧州人はアフリカ大陸(African continent)の10%以下を支配したが、西欧諸国の所得はすでにアフリカの4倍に達していた。 欧州は繁栄するためにアフリカを必要としたのではない。繁栄によって強力になったため、植民地化したのだ。

独立後、アフリカ各国政府は植民地制度の多くを滅ぼそうと決めた。法の支配(rule of law)、責任ある政府、財産権、自由貿易は欧州からの輸入品なので、否定された。代わりに、ある新興国家の正反対な政策を模倣することを選んだ。ソ連である。

ソ連経済の浪費と後進性は1970年代まで明らかにならなかった。そのときには一党政権を選んだアフリカ諸国は社会主義の病原菌(socialist bacillus)に感染し、経済成長を損なった。価格と賃金を統制し、自由貿易でなく輸入代替品と自給自足に頼った。

アフリカは社会主義との恋愛関係(love affair)を長らく続けたが、1990年代になり、やっと世界経済に再び参加し始めた。それでも今なお、経済的に最も不自由で保護主義的な大陸のままである。問題はそのことであり、自由貿易ではない。

2017年4月25日火曜日

ファシズムと共産主義は双生児

次より抜粋。
Michael de Sapio, Fascism and Communism Were Two Peas in a Pod
(ファシズムと共産主義は同じさやの豆)

俗説(popular wisdom)では、ファシズムと共産主義は正反対のものとされる。実際には、2つのイデオロギーはとても似ている。だから生き残るために、互いに正反対だとみずからを定義しなければならなかった。少なくともどちらも社会主義を源泉とする。

ムッソリーニもヒトラーも、伝統的宗教心と道徳への敵愾心を育てた。「科学による救済(salvation by science)」(ナチスの人種差別的な優生学運動)を促し、国家による健康・環境政策(ナチスの標語「栄養は私的な問題ではない!」)を推し進めた。

これらの要素はすべて、20世紀初頭の「科学的」進歩主義から育った。ナチスの民族イデオロギーでさえ、その根本においては、フランス革命にさかのぼる「人民の意志(Will of the People)」なる観念を崇める、世俗的な宗教代用品であった。

ヒトラーとムッソリーニはソ連のスターリンと同じく革命家であり、決して保守主義者でも伝統主義者でもなかった。彼らのイデオロギーの淵源は19世紀後半の前衛的実証主義、進歩主義、プラグマティズム哲学(pragmatic philosophies)である。

フランス革命に始まり20世紀に結実した「ファシズムの時(fascist moment)」は、西洋の道徳・哲学的伝統の放棄を意味する点で「進歩的」だった。そこで具現化した哲学とは、真実の熟考から目をそむけ、ひたすら「行動」を呼びかけるものだった。

2017年4月24日月曜日

金は暴政を生き延びる

次より抜粋。
Stewart Jones, The Great Gold Racket
(金の大強奪)

米連邦政府は1913年に中央銀行を創設した後、金の個人所有を違法とし、銀を課税と規制で攻撃した。1971年に米ドルを金本位制(gold standard)から切り離し、1974年に金の違法化を解除した。米国民から富と真の貨幣を文字どおり奪った。

政府債務に対する基準や抑制と均衡(check and balance)がなくなり、政府は一時的に無制限に支出することができた。なぜ一時的かといえば、歴史が教えるとおり、政府が我を忘れて費消すれば最後は市場の是正が起こり、帝国は瓦解するからである。

金は歴史を通して政府から攻撃されてきたが、時の試練に耐え、多くの独裁政治や寡頭政治(dictatorships and oligarchies)から生き残った。今もなお、政府が無視できない市場の基準として機能している。

米連邦政府が債務20兆ドル、未積立債務(unfunded liabilities)100兆ドルに急接近する間、米ドルは債務証書として増加し続けるだろう。債務を印刷して無制限に支出する政府の能力は、連邦準備制度と、真の貨幣への攻撃によってのみ可能であった。

金、貴金属(precious metals)、市場ベースの通貨は、いかなる政府よりも長生きする力があり、個人に自分の財産を管理する能力を与える。

2017年4月23日日曜日

新自由主義のまぼろし

左派も右派も、今の世界や日本は「新自由主義」に侵されていると憤る。しかしもし新自由主義が経済活動に対する政府の干渉を拒む考えを意味するのであれば、それが世の中を支配しているというのは事実に反する。

左派の佐高信と右派の佐藤優は『世界と闘う「読書術」』(集英社新書)で仲良く対談し、新自由主義をこき下ろす。たとえば佐藤は「新自由主義における自由の主体、これは巨大企業です」と述べ、「だからビル・ゲイツの自己実現はあるんですよ。しかしプロレタリアートの仲間である佐高信や佐藤優の自由ってのは基本的にないんですよ」と言う。

もし佐高や佐藤に自由がないのなら、本を出版し、新自由主義を批判できるはずがない。すでに十分お粗末な議論だが、本題はここからである。

佐高は日本航空の再建に触れ、「公的資金で援助して、法人税を免除してもらって、要するに借金を全部棚上げしただけ」と批判する。これは正しい。しかし、もし世の中で新自由主義が優勢ならば、政府が特定の企業を税金で救済できるわけがない。市場経済への干渉そのものだからである。

事実、佐高の発言を受け、佐藤は日航再建について「新自由主義の理屈ではまったく説明できない」と認める。そして二人は口々に、政府の態度を「国家資本主義そのもの」と言う。しかし、繰り返しになるが、もし日本が反国家的な新自由主義に支配されているならば、政府が「国家資本主義そのもの」の政策を採れるはずがない。要するに、佐高も佐藤も思考が杜選で、混乱した議論を思いつくままに喋っているだけなのである。

混乱はここで終わらない。続けて佐藤が「グローバリズムだ、規制緩和だといいながら、他方で国を挙げて、原発や新幹線とかのインフラを外国にさかんに売りつけようとしている」と言い、これに佐高が「新自由主義といいながら、JAL〔日航〕にしたって東電にしたって、巨額の金を出して助けてね」と同調する。

まるで政府の態度が矛盾しているかのような口ぶりだが、何も矛盾はない。政府は口先では市場経済の重視を唱えながら、現実にはその本性に従い、国家主義に邁進しているにすぎない。新自由主義の総本山のようにいわれる米国でも、政府は潰れかけた金融機関や自動車大手を税金で助けた。

政府、すなわち政治家と官僚が、ときに規制緩和や自由貿易といった自由主義的政策を採るのは、そうしなければ市場経済が衰え、寄生する自分たちの身にかかわることを知っているからだ。しょせんは一時的であり、新自由主義の蔓延などまぼろしにすぎない。さも一大事のように騒ぐのは、無知な左右の評論家だけである。

(2014年2月、某ミニコミ誌に寄稿)

2017年4月22日土曜日

シュッティンガー/バトラー『四千年の賃金・物価操作』


左翼政権の市民弾圧

南米ベネズエラで激しいインフレと物不足で経済が破綻寸前に陥っている。労組指導者出身のマドゥロ大統領は反政府デモを武力で弾圧し、死傷者が発生したという。

労働者や一般市民にやさしいはずの左派政権が、みずから引き起こした経済混乱をきっかけに市民を弾圧する現象は、近代民主主義の出発点であるフランス革命にさかのぼる。以下、抜粋。(数字は位置ナンバー)

1793年5月から1794年12月までの20カ月間に、フランス革命政府は、革命前から試されていた賃金と価格の操作に関するほとんどすべての実験を試みた。(913)

物価抑制を狙った最初の法律は1793年5月3日、公安委員会によって制定された。この最高価格令によれば、穀物と小麦粉の価格は1793年1月から5月までの平均値とされた。代金はアッシニア紙幣で受け取らなければならない。(920)

当然ながら、農家の多くは農産物を売らなくなった。インフレでもそれにふさわしい値段で売ることを許されなかったからだ。数カ所で一揆が発生し、5月に制定されたばかりの法律は8月には死文とみなされた。(924)

食料価格を管理しようとする政府の試みは繰り返され、仏全土で大きな闇市場が育った。特にバター、卵、肉は少量ずつ戸別で、おもに金持ち向けに販売された。結局、金持ちが十分以上の食料を手に入れる一方、貧乏人は飢え続けた。(944)

1794年12月、議会の過激派が敗北し、最高価格令は正式に廃止された。〔過激派ジャコバン派の首領〕ロベスピエールとその一派がパリの通りを処刑台へと向かうとき、群衆はこう野次を飛ばした。「薄汚い最高価格令が通るぞ!」(957)

2017年4月21日金曜日

最低賃金法は人種差別

次より抜粋。
Chris Calton, The Racist History of Minimum Wage Laws
(最低賃金法の人種差別の歴史)

経済学者ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)は1966年、ニューズウィーク誌で「最低賃金法は六法全書で最も黒人差別的な法律だ」と述べた。しかし最低賃金法の人種差別的な影響は19世紀にさかのぼることができるし、今も続いている。

1930年代に黒人蔑視はそれ以前よりほとんど改善されなかった。それにもかかわらず、黒人の失業率は白人よりもわずかに低かった。これは鉄道労働者(railroad workers)のように、白人よりも低い賃金を受け入れる意思があったからである。

1930年代の一連の最低賃金法は、すべてアフリカ系米国人を雇用市場(job market)から閉め出すためのものだった。雇用主に人種差別的でない賃金を払わせるのではなく、黒人を人種差別的な賃金から人種差別的な失業に転じるよう強いただけだ。

1960年代、多くのアフリカ系米国人が農業従事者として雇われていた。一つには、まだ賃金規制の対象でない労働分野だったからだ。1967年、政府が「貧困との戦い(War on Poverty)」の一環として最低賃金法を農民に拡大すると、それが一変する。

最低賃金法のせいで、ミシシッピ・デルタ(Mississippi Delta)地域だけで2万5000人の農業労働者が仕事を失った。「時給1ドルだって価値はあるさ」と日雇い労働者の妻は語った。要するに、最低賃金は生計を立てる能力を破壊したのである。