2014年12月31日水曜日

未来は変えられる

毎年年末が近づくと、メディアは新年の政治や経済の動向を予測する記事であふれる。だが身も蓋もない話だけれど、政治や経済の未来を予測することはできない。物理法則にしたがう自然現象と異なり、人間の行動次第でさまざまに変化しうるからである。しかしそれは悪いことではない。私たち自身の努力によって、未来をより良い方向へ変えられることを意味するからだ。

エコノミストのリチャード・エベリング(Richard Ebeling)が、そのことについて説得力ある文章を書いている。抜粋して紹介しよう。

米国や他の国々の自由にとって、先行きは明るくないとみるのはたやすい。政府は肥大し、出しゃばる一方だし、税負担は私有財産の多くをかすめとる。しかし悲観するには一つだけ問題がある。未来は予測できないし、一見変わりそうにない動きも変化するということだ。

私(エベリング)が大学生だった1960年代後半、経済学の講義で最初の教科書に指定されたのは、ポール・サミュエルソン『経済学』第七版(1967年刊)だった。ケインズ流の教科書としては当時一番読まれていた。この本に1945年から1965年までの米国とソ連の国民総生産(GNP)を描いたグラフがあった。

サミュエルソンはそこから20世紀の末まで米ソのGNPを予測していた。それによると、おそらく1980年代初め、遅くとも2000年までにはソ連のGNPが米国に並ぶか、上回るというのだった。サミュエルソンは言外に、ソ連は2000年にも存在すると予測していたわけである。実際には1991年12月に世界地図から消えてしまったのだが。

私たちのうち誰が、生きているうちにソ連の終焉を目にすると予測しただろう。核戦争や血なまぐさい内戦もなしにである。

奴隷制にも同じことがいえる。奴隷制ほど、大昔から人間の生活環境に深く根づいた制度はなかった。すべての人間は自由で、法の下で平等であるべきだなどとは夢物語にすぎなかった。

しかし18~19世紀に新しい政治理念が生まれた。人間はすべて平等につくられ、生命、自由、まっとうな方法で手に入れた財産を侵されない、個人としての権利を与えられていて、それは他人から奪われることはない――そう宣言したのである。アリストテレスが一部の人間にとって自然な状態とみなした奴隷制は、19世紀末までには廃止された。思想の力と人間の決意がそれを可能にしたのである。

未来を予測できないからこそ、過去がそうであったように、世界の動きは変えられるし、変わる。そう自信をもっていい。以上のように述べた後、エベリングはこう締めくくる。

予測できることが一つある。我慢強く、粘り強く取り組む。思想の力を信じる。個人の権利と自由な市場を一体のものとして擁護する。そうすれば、多くの人々が望む自由な社会を実現するうえで、このうえないチャンスを手にすることができるだろう。

始めたばかりのこのブログですが、未来がより良いものになるように、来年も微力を尽くします。みなさん、良いお年を。

2014年12月30日火曜日

良い格差・悪い格差

21世紀の資本』の著者トマ・ピケティをはじめ、知識人の多くは所得格差を悪だとみなし、批判する。しかしその考えは正しいだろうか。

ウェブサイト「リバティ・ミー」(Liberty.me)でニック・ニューウェル(Nick Newell)というエコノミストが、所得格差には良いものと悪いものがあると明快に説いている

ニューウェルはこう書く。私が製品かサービスを生み出し、それを売り、お金を蓄えるとしよう。それが可能なのは、私の製品を他の人が自分の意思で買う場合だけである。これが自由な市場である。私がお金を蓄えることができるのは、私が良い製品かサービスを提供する場合だけである。お金は私の生産能力のみに対して自発的に支払われる代償である。

自発的な取引においては、売り手と買い手の両方が得をする。そうでなければ、どちらか一方は、あるいは両方とも、取引はしない。

自由な市場では、所得の不平等が生じるのは次の場合だけである。(1)私が製品を作る(2)あなたが自分の意思でそれを買う(3)得た収入を私が使わずに貯める――。この場合、所得の不平等は良い不平等である。最も効率的で生産的な人々が、彼らの財布への「投票」によって、お金と資本を蓄える。

お金の額に不平等が生じるのは、生産への貢献が不平等だったことへの代償である。所得の不平等はあるかもしれないが、同時に、それに釣り合う生産の不平等もある。

しかし政府が介入すると、話は違ってくる。私が製品を作ると、他の人は法律によって私と取引を強制されるか、一定の条件を受け入れなければならない。よくあるのは政府の許認可だ。政府が介入すると、取引は実際には二種類になる。まず、私の生産的サービスに対してあなたがお金を払う。次に、私が政府から得た特権に対してあなたがさらにお金を払う。

特権を持つ人々は、自分の生産能力よりも多くの収入を得る。その犠牲になるのは消費者である。消費者は、特権を持つ人々のために、より多くのお金を支払わなければならない。ここから所得の不平等が生じる場合、それは悪い不平等である。マルクスの言葉を借りれば、それは搾取である。

だから所得の不平等は問題ではない。もしそれが自然に生じるものであり、政府の与える特権によって生じるものでなければ。生産性に釣り合わないほどの不平等が生じるのは、政府が介入するときだけである。ニューウェルはこう述べた後、次のように強調する。

政府は自分で何も生産することができず、政府の持ち物はすべて国民から奪い取ったものである。この基本的な真理を前提とすれば、政府が国民の福祉を改善できるなどと考えるのは馬鹿げている。国家という偶像を崇めるのはもうやめよう。自由な市場に帰らなければならない。

社会の貧富の差を嘆く知識人の多くは、政府は市場経済にもっと厳しい規制の網をかけよ、規制緩和は許さないと声高に叫ぶ。しかし以上のニューウェルの文章を読めばわかるとおり、彼らは間違っている。政府の規制を求める知識人は、自分の主張とは裏腹に、搾取と悪い格差の拡大に加担しているのである。

2014年12月29日月曜日

『21世紀の資本』の致命的誤り

フランスの経済学者トマ・ピケティ(Thomas Piketty)の著書『21世紀の資本』が世界的なベストセラーとなっている。最近日本語版も発売されたが、読む気がしない。信頼できる評者が書いた書評を見るかぎり、優れた本とは思えないからだ。

英語版が発売された直後の今年4月、著述家ハンター・ルイス(Hunter Lewis)が公表した書評を紹介しよう。

ルイスは次のように書く。『21世紀の資本』は資本主義の致命的欠陥を暴いたとされる。その欠陥とは何か。資本主義の下では、金持ちは他の者よりどんどん金持ちになり、貧富の差がますます開くという。

この主張を裏づけるために、ピケティは「目を見張らせるグラフ」なるものを持ち出す。それによると、米国の所得全体に上位10%の所得者が占める割合は1910年には約40%だったが、1929年の株大暴落の直前には約50%に上昇した。割合はその後低下し、1995年には40%に戻ったが、再び上昇に転じ、2008年の株暴落直前、50%まで高まった。

これが真に意味するところは何か。上位10%の所得の割合はこの間、一本調子で上昇したわけではない。二つの山がある。1929年と2008年の株暴落の直前である。言い換えれば、経済的不平等はバブルの時代に大きくなり、その後小さくなったのである。

それでは、バブルの原因は何か。米連邦準備銀行やその他の中央銀行が過剰なマネーと負債を生み出したことである。バブル時代の特徴として、縁故資本主義(クローニー・キャピタリズム)が激増する。一部の金持ちがウォール街や政府とのコネを通じ、新たに生み出されたマネーを搾取する。

第一次世界大戦と大恐慌の間の歴史、あるいは最近20年間の歴史を振り返れば、縁故資本主義の例は枚挙にいとまがない。しかし(本物の)資本主義の例はわずかなものである。

ルイスはこう述べた後、次のように強調する。「縁故資本主義は資本主義と正反対のものである。縁故資本主義は資本主義からの逸脱である。自由な価格と市場が生み出したものではない」

ルイスのいう縁故資本主義とは、一言でいえば「政官財の癒着」である。本来の資本主義とは、政府の介入を排除した自由な競争によって成り立つ。ところが縁故資本主義は逆に、一部の企業が政治家や官僚と結びつき、競争を排除し、特権的な利益をむさぼる。まさにルイスがいうとおり、本物の資本主義とは正反対である。いわば偽物の資本主義だ。

つまりピケティは、偽物の資本主義がもたらした経済的不平等の責任を、本物の資本主義に押しつけ、批判しているわけである。経済的不平等は悪だという思い込みそのものにも疑問はあるが、それ以前の問題といえる。

ピケティは他の多くの知識人と同じく、本物の資本主義と偽物の資本主義との区別がついていない。これが『21世紀の資本』の致命的誤りである。

(参考リンク)

2014年12月28日日曜日

日本経済のエンドゲーム

衆院総選挙での自民党の勝利は、安倍政権の経済政策(アベノミクス)への国民の支持と期待によるものとみられているようである。しかし最近発表された二つの経済統計は日本経済の深刻な実情を示していると、海外の識者は指摘する。

統計の一つは、家計貯蓄率。所得のうちどれだけ貯金に回したかを示すもので、内閣府によると、2013年度はマイナス1.3%。比較できる統計がある1955年度以降で初めてマイナスとなった。増税前の駆け込み消費の影響もあるが、構造的には社会の高齢化が進み、貯蓄の取り崩しが増えたことが大きい。

もう一つは、実質賃金。現金給与総額に物価変動の影響を加味したもので、厚生労働省によると、2014年11月は前年同月比4.3%減と、17カ月連続の減少。下げ幅は前月(3.0%)から拡大し、2009年12月(4.3%)以来の大幅な落ち込みとなった。

評論家デヴィッド・ストックマン(David Stockman)は、貯蓄率マイナスのニュースについて、日本は一世代前まで貯蓄率の高い国だったのに、過去三十年近いケインズ政策の末、巨額の政府債務が積み上がり、抜け出しがたい人口的・財政的わなにはまったと指摘する。そして次のように続ける。

労働人口の減少が加速する前に日本に必要なのは、貯蓄を増やし、そこそこの利息がつくよう金利を引き上げること、円相場を高くして海外資本を引き寄せ、国内で消化しきれなくなった政府債務を引き受けてもらうこと、財政赤字を埋める増税を負担できるよう、実質所得を増やすことである。ところがアベノミクスによってケインズ政策が強化され、事態は正反対に向かっている。

円相場の下落は、エネルギーのすべてと原材料の大半を輸入している日本にとって、生活コストの上昇を意味する。それを如実に示すのが、もう一つのニュースである実質賃金の大幅な減少である。

これでは政府債務を削減するための増税はむずかしい。円安のせいで海外の投資家も日本国債には寄りつかない。結局、財政赤字を埋めるには日銀がフル回転で紙幣を刷り続けるしかない。

この政策が財政的な自殺を意味することは明らかだ、とストックマンは述べ、こう結ぶ。「しかしほんとうに恐ろしいのは、日本の政策モデルが世界中の政府・中央銀行から公認され、さまざまな形で採用されていることである」

金融緩和と財政支出を柱とするケインズ政策を信奉し、アベノミクスを擁護する経済学者や評論家は、これは経済政策のグローバルスタンダードであり、どの国でもやっていることだと強調する。しかし「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉もあるように、どの国でもやっているからといって、それが正しい政策だとは限らない。

ストックマンは、日本の金融政策によってケインズ政策の終局(エンドゲーム)が明らかになったという。誤った政策から早く方向転換しないと、日本経済そのものが終局を迎えかねない。

2014年12月27日土曜日

平和なきクリスマス

聖書によると、イエスの生まれた晩、天使たちがこう歌ったという。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」(「ルカによる福音書」2章14節)。この言葉にあるように、キリスト教でクリスマスは平和と結びつけて語られることが多いようである。しかし世界のキリスト教徒にとって、今年のクリスマスほど平和という言葉からかけ離れたものもなかっただろう。その責任の多くは、大国の軍事介入政策にある。

ロン・ポール研究所(Ron Paul Institute for Peace and Prosperity)の事務局長ダニエル・マカダムス(Daniel McAdams)は12月23日付の記事で、紛争地域に暮らすキリスト教徒の苛酷な境遇を紹介しながら、米政府の軍事介入政策を以下のように厳しく批判した。

「レジーム・チェンジ」(体制転換)を唱えるネオコン(新保守主義者)は、標的とした国々に自由と民主主義をもたらすといったが、結果は正反対である。米政府がイラク、シリア、ウクライナなどに残したものは過激思想、飢饉、民族浄化、経済破壊である。

ワシントン・ポスト紙の報道によれば、これまで千年以上なかったことだが、(聖書に登場する)ニネヴェ平原とその県都であるモスルにほとんどキリスト教徒がいなくなった。すでにキリスト教徒の六割はイラクを去り、教会は空っぽとなり、キリスト時代にさかのぼる生活様式の記憶は薄れた。

多くの米国人、とくに主流メディアの情報に頼る人々は、キリスト教徒を殺害する「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」やアルカイダが台頭したのは米軍がイラクから撤収したからだと信じ、米国がイラクを侵略したからだとは考えない。しかし2003年のイラク侵攻前までイラクでキリスト教は栄えていたのだから、同国でのキリスト教衰亡に侵攻が無関係などとどうしていえるだろう。

自宅からの退避を強いられたおよそ五十万のウクライナ人も境遇は同じだ。米国に支援されたウクライナ政府が同国東部の多くを破壊した。米主流メディアは東部の分離派が暴力に訴えたと非難し、それ以前の要因は無視するだろう。すなわち、米国に支援されたクーデターにより、選挙で選ばれた政府が倒される一方、選ばれていない政府が権力を握り、東部ウクライナに敵対したという事実である。

ギリシャ正教の暦でクリスマスとなる1月7日、東部ウクライナの多くの住民はソビエト時代の防空壕で過ごすことになろう。そこには水道もトイレもプライバシーもない。

シリアでは米国が三年にわたりイスラム過激派を支援し、世俗主義のアサド政権を転覆したが、ここでもキリスト教徒はほとんどいなくなった。

以上のように述べた後、マカダムスは米国のキリスト教徒にこう呼びかけ、記事を終える。米政府の介入政策に追随してきた日本の私たちも噛みしめるべき言葉だろう。
クリスマスの準備の手を休め、キリスト教の名において海外でおこわれていることについてよく考えてみてほしい。もし米国のグローバルな介入政策を支持することによって海外でキリスト教の価値観を広めていると信じているのなら、爆撃や断頭台のもっとそばにいるキリスト教徒に確かめてみたほうがいい。米政府の外交政策を支配するネオコンと「人道的」介入主義者の横暴を終わらせるよう求めてほしい。それこそが真に必要なレジーム・チェンジなのだ。

2014年12月26日金曜日

ビットコインの限界

今年、取引所の一つが破綻したことなどで価格が急落した仮想通貨ビットコイン。その将来性に期待する声はまだ根強いものの、残念ながら、ビットコインや同種の仮想通貨が、政府・中央銀行が発行する現在のカネに取って代わるほどの存在に成長するのはむずかしいだろう。なぜなら仮想通貨はカネになるための根本的な条件を欠いているからである。

ビットコインの価格は、今年2月に取引所の一つである東京のマウントゴックスが経営破綻する直前に最高値の1200ドル程度まで暴騰した。同社の破綻後、価格は急落し、最近は300ドル台で推移している。

ビットコインの発行には政府・中央銀行を必要としない。このため、経済学者ハイエクの思想などにもとづき国家による貨幣発行の独占を批判する自由主義者(リバタリアン)の一部から強く支持されている。

しかしリバタリアンの中には、ビットコインへの過大な期待を戒める人々もいる。その一人であるエコノミストのフランク・ショスタク(Frank Shostak)は、ビットコインが政府貨幣に取って代わるという予想は、カネの本質を理解していないことから生じる「夢物語」だとして、以下のように説明する

カネは物々交換が複雑な取引に変化する過程で生まれる。カネの特徴は、どんな物とも交換できる仲立ちの役割を果たすことである。それは市場性のある商品から進化する。ハイエクの師である経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス(Ludwig von Mises)が述べたように、交換の仲立ちとしてより受け入れられやすい商品がそれほどでもない商品に次々と取って代わり、最後に誰もが受け入れるただ一つの商品が残る。それをカネと呼ぶのである。

だから物がカネとして使われるようになるためには、それ以前に、何か別の用途にもとづく価値がなければならない。カネとして受け入れられる前に、他の用途にもとづく価格がついていなければならない。

いったんカネとして受け入れられれば、それ以外の有用性がなくなっても、カネとして使い続けられる。昔は金(きん)の裏づけのあった政府貨幣にその裏づけがなくなっても、カネとして使い続けられているのはそのためである。

長い選別の過程を経て、人間は最も受け入れられやすい商品として金を選んだ。金は現在の政府貨幣の価値の基盤を築いた。

しかしビットコインはそもそも物ではない。政府貨幣に交換できると人々が信じているから機能するのである。新しい形の本物のカネではなく、政府貨幣を取引に使うための新手の方法にすぎない。したがって現在の政府貨幣に取って代わることはできない、とショスタクは結論する。

ビットコインやその他の仮想通貨が便利なサービスとして成長する可能性はある。しかしカネとしてかつての金よりも優れた存在になれるかは疑問といわざるをえない。

2014年12月24日水曜日

守銭奴は悪くない

ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』の主人公スクルージは金儲け一筋の商人で、人の心の温かみや愛情を理解できない強欲な守銭奴として描かれている。現在主流のケインズ経済学にしたがえば、金を貯め込むばかりで使わないスクルージのような人物は、景気を冷え込ませる元凶でもある。しかし守銭奴には、道徳的にも経済学的にも、悪いところは何もない。

経済学者ウォルター・ブロック(Walter Block)は「守銭奴を擁護する」という文章(邦訳は『不道徳な経済学』所収)で、守銭奴へのいわれなき非難に以下のように反論する。

ケインズ経済学のいう「貯蓄のパラドックス」によれば、貯蓄は個人や家族には理にかなっているかもしれないが、社会全体にとっては愚かなこととされる。なぜなら経済全体で貯蓄が増えるほど、消費への支出が少なくなり、雇用も減るからだという。

しかしこの主張は誤っている。貯蓄は有益である。穀物をすべて食べてしまったら、殖やすことはできない。同様に、富をすぐに使ってしまう代わりに、必要になるまで貯めておく人々がいなかったら、多額の投資で機械や工場をつくることはできず、私たちはこれほど高い生活水準を享受することはできなかっただろう。

これに対し、貯蓄は銀行や証券市場を通じて企業に資金を供給するから有益かもしれないが、守銭奴の多くは手元に金を抱え込むから、その結果、物は売れなくなり、企業の社員は解雇され、経済にとってやはり悪だという意見がある。しかしそれも正しくない。なぜなら価格が変化する可能性を無視しているからだ。

企業は商品が売れなければ、社員をクビにする前に、商品の値段を下げる。商品そのものに問題があるのでないかぎり、商品は売れるようになり、失業と不況の悪循環から抜け出せる。

物の値段を下げても不況にはならない。自動車、テレビ、コンピューターの値段は初期に比べ大きく下がったけれども、それによって不況は起こらなかった。経営が苦しくなるのは、需要が落ちているのに値下げしない企業だけである(参考リンク:「デフレ=大恐慌」は例外 BIS年次報告書の警告)。

現金を貯め込む守銭奴は英雄である。その行為によって物価は下がり、私たちはその恩恵に浴することができる。私たちが保有する現金の価値は高まり、同じ金額でより多くの物が買えるようになる。「守銭奴は社会にとって害悪どころか、恩人である。金を貯め込むたびに、私たちの購買力を高めてくれるのだから」。ブロックはこう締めくくる。

一つだけつけ加えれば、『クリスマス・キャロル』のスクルージはまっとうな商売で稼いでいるのであって、詐欺や強盗などの犯罪とは無縁だ。むしろ人の死のどさくさに紛れて財産を盗み、その手柄を誇る悪党どもに対し「見下げ果てた外道ども」と激しい怒りを燃やす。正義感の強い、平和を愛する人物なのである。クリスマスには、スクルージと世界中の守銭奴たちに乾杯しよう。

2014年12月23日火曜日

プーチン非難の欺瞞

ロシアのプーチン大統領に対し米欧のメディアや知識人が非難の声を強めている。ウクライナ問題をめぐって広まった悪玉論が、最近の通貨危機でさらに勢いづいた。プーチンはそれほど悪いだろうか。

ノーベル賞経済学者ポール・クルーグマン(Paul Krugman)が先週、ニューヨーク・タイムズ紙のコラムでプーチンを叩いた。主流メディアの主張をなぞり、「プーチン氏は問答無用にウクライナを侵略した」と決めつけている。

これを批判したのはジャーナリストのロバート・パリー(Robert Parry)である。ウクライナ問題はクルーグマンがいうよりもはるかに複雑で微妙だと指摘。クルーグマンと同じプリンストン大学で教授を務めるロシア研究者、スティーヴン・コーエン(Stephen F. Cohen)の議論を引用しながら、こう反論する

クルーグマンが無視している現実がある。それはウクライナのネオナチ分子である。反ロシア色を鮮明にする民族主義政党、全ウクライナ連合「自由」および同党と親しい極右団体「右派セクター」はともに、純粋な民族からなる国家をつくるため、「自由」のチャフニボーク総裁の言葉を借りれば、「モスクワのユダヤ人マフィア」と同性愛者、フェミスト、政治的左翼といった「人間のクズども」を一掃するよう呼びかけている。またどちらも、今年5月2日に起こった「オデッサの虐殺」(親ロシア派の抗議者が労働組合の建物に閉じ込められ、焼き殺された事件)をほめたたえた。

2013年以来、ウクライナ政府を支持する暴徒や民兵はロシア系住民をつねに虫にたとえ、侮辱している。オバマ米政権と親しいヤツェニュク首相は、南東部で抵抗する住民を「人間以下」と呼んだ。

こうした厄介な事情を無視すれば、ウクライナでほんとうに起こっていることについて米国民を欺くことはたやすい、とパリーは書く。プーチンの行動は、暴虐なネオナチから東部ウクライナのロシア系住民を保護するための措置ではなく、クルーグマンのコラムのように、たんなる「侵略」扱いされてしまう。プーチンを「マッチョ」と揶揄するクルーグマンを、パリーは「プーチンがロシア帝国の再建をめざしているという作り話を広めるネオコンと同類」と批判する。

プーチンが権力に伴う悪と無縁の政治家だなどというつもりはない。しかしほんとうに悪が許せないのなら、ロシアだけを責めるのは筋が通らない。高知大学准教授の塩原俊彦がいうように、たとえば日本政府がロシアのクリミア併合を非難するのであれば、なぜその前に米国によるイラク侵攻やキューバ・グアンタナモ湾占領を問題視しないのか。

「他国を非難し、制裁を加えるのであれば、自らの襟を正すべきであり、米国以外の国は米国の傍若無人をもっと厳しく糾弾しなければならない」(『ウクライナ・ゲート』69-70頁)という塩原の主張は正しい。

2014年12月21日日曜日

上映中止は過ちか

米国のオバマ大統領は先週、北朝鮮の金正恩第一書記の暗殺を題材にした米コメディー映画「ザ・インタビュー」に絡み制作元の米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントがハッカー攻撃を受け、公開中止を決めた問題に触れ、同社は「過ちを犯したと思う」と批判した。政治家や映画関係者の間にもソニー・ピクチャーズは脅しに屈したと非難する声が広がった。同社の判断は間違っているのだろうか。

ジャーナリスト、ロバート・ウェンゼルはソニー・ピクチャーズへの非難に異を唱える。ハッカー攻撃は北朝鮮政府のしわざといわれているが、かりにそうだとしてみよう。ソニー・ピクチャーズは明らかに、北朝鮮の反応を読み間違えた。これは米国人すべてが気にかけるべき問題だろうか。ウェンゼルは続ける。

ソニー・ピクチャーズは「ザ・インタビューの」公開中止が自分にとって一番利益になると判断した。リスクを制限しようとしているのである。それはちょうど、夜中の3時に地下鉄に乗らない女性と同じといえる。……同社は自身の費用・便益・リスク評価分析(cost-benefit/risk assessment analysis)にもとづいて行動しなければならない。率直にいって、これは同社の問題なのである。

そのうえでウェンゼルは、断固上映すべきだと主張するニュート・ギングリッチ、ミット・ロムニーといった政治家の声を紹介し、「政府タイプの人間はなぜ、ソニー・ピクチャーズが問題を大きくし、リスクを高めるべきだと考えるのだろうか」と問いかける。そして自分でこう辛辣に答える。

政府が大好きなのは、問題を大きくし、格好をつけ、国民を戦争に引き込むことである。政府の連中ははっきりいって、いかれている。……何もかもが国家レベルの危機に祭り上げられる。個人、集団、企業による単純な費用・便益・リスク評価分析の代わりに、国家的対応が求められる。……現実には、これはソニー・ピクチャーズの問題だし、そうしておくべきなのだ。ギングリッチ、ロムニー、オバマはかかわるべきではない。連中は報復を口にし、ソニー・ピクチャーズにけんか腰の対応(in your face response)を求めるが、これはいかれた人間の典型的反応である。連中は個人の責任の性質も理解できないし、そのような責任につきものの費用・便益・リスク評価分析も理解できない。

理性的な個人や個人の集団は、冷静な損得勘定にもとづいて行動する。それは無用な血を流さないための知恵である。しかしなかには政治家をはじめ、損得勘定を軽蔑し、正義の旗を掲げて「悪」に立ち向かえと勇ましく叫ぶ人々もいる。結構なことである。だがもしそうしたいのであれば、他人の生命や財産ではなく、自分自身の生命や財産をリスクにさらして実行してもらいたい。それが責任ある個人というものだろう。

2014年12月19日金曜日

政府閉鎖のプレゼントを

米上院は12月13日、連邦政府の支出の大部分を来年9月まで手当てする歳出関連法案(CRomnibus)を、超党派の賛成多数で可決した。すでに下院を通過しており、オバマ大統領の署名で法が成立。昨年秋に生じた、政府機関が閉鎖される事態は回避された。果たしてこれは米国民にとって良いニュースだったのだろうか。そうではないという論者を2人紹介しよう。

海外主要経済メディアの論調はいずれも好意的で、なかでも米紙ウォールストリート・ジャーナルは「まれに見る超党派の成功」とほめたたえる見出しを掲げた。これに噛みついたのが評論家デヴィッド・ストックマン。レーガン政権で行政管理予算局長を務め、現在は財政肥大を厳しく批判する論客として活躍している。

ストックマンは自身のウェブサイトでこう書く。「2011年以来繰り返し起こるけれども中身はインチキな連邦政府の『閉鎖』(shutdown)を起こしたからといって、有権者が政治家を懲らしめた形跡はない。それどころか、共和党は昨年10月、異例の長期にわたる政府閉鎖を起こしたが、今年11月に〔共和党が大勝した中間選挙で〕示された有権者の意思は、懲らしめるのとは正反対だったではないか」

ストックマンはつけ加える。「歳出関連法案を通過させたとき、わが国は2014年の345日目で、この間に積み上がった財政赤字は7,000億ドルに達していた」。法案の承認は賞賛に値するどころか、国をさらに深刻な財政状況に陥れると非難する。

もう1人は元連邦下院議員で、徹底した自由主義者(リバタリアン)として知られるロン・ポール。「上下院議員の多くは政府閉鎖の再来を恐れ、1〜2日間の政府閉鎖の危険を冒すより、読んでもいない1,774ページの法案に賛成することにした」と元同僚たちの怠慢をまず一喝する。そしてストックマンと同じく、目先の問題回避に躍起になり、将来のより大きな問題から目をそらす議員の態度をこう批判する。
法案に賛成し政府閉鎖を避けようとした議員が見落としているのは、政府をやみくもに膨張させれば、一時閉鎖よりもはるかに悪い影響を及ぼすということである。短期の、いや長期であっても、政府閉鎖の代償など小さい。議会が歳出と債務の削減に失敗して引き起こす、経済的惨事(economic calamity)を避けることができるなら。
そもそも閉鎖されるのは連邦政府の機能の20%にすぎない。米国民は昨年、政府が20%小さくなってもやっていけることを学んだ、とポールは指摘する。

そのうえで、真に自由を支持する議会であれば、一部の政府閉鎖に動転する代わりに、連邦政府の大半を永久に閉鎖する案を熱心に作成するはずだとして、リバタリアンらしい大胆な私案を披露する。廃止の対象として槍玉に挙げられる政府機関、政策は以下のとおりである。

  • 連邦準備銀行(中央銀行)
  • 内国歳入庁(日本の国税庁に相当。所得税を廃止)
  • 軍国主義的外交政策(海外米軍の撤退、軍事介入の中止)
  • 市民監視政策(TSA=運輸保安庁、NSA=国家安全保障局、CIA=中央情報局を廃止)
  • 社会福祉(まずは政府と結託した富裕者向けを廃止)
  • 教育省
  • オバマケア(国営医療保険)

ポールは歳出関連法を「米国民にとって最悪のクリスマスプレゼント」とこきおろしたうえで、「議会はいつの日か福祉戦争政府(welfare-warfare state)を閉鎖し、平和、繁栄、自由をプレゼントしてほしい」と呼びかけている。

2014年12月18日木曜日

無政府主義者は棄権すべきか

衆議院総選挙投開票日のしばらく前、ミーゼス研究所の日替わり記事で、マレー・ロスバード(1926~1995年)の生前のインタビュー記事(1972年2月25日付「ニューバナー」誌)が再掲されていた。ロスバードは経済学、歴史学、政治哲学の幅広い分野で活躍した学者で、自由主義の究極の形といえる無政府主義を信奉した思想家でもある。インタビューの中で、国政選挙に対する興味深い意見を述べているので、紹介しよう。

リバタリアン(自由主義者)の中には1972年の大統領選(現職で共和党出身のリチャード・ニクソンが民主党のジョージ・マクガヴァンに圧勝し再選)で棄権を呼びかける運動もあったがと問われ、ロスバードはこう答える。
興味深い話題ですね。それ(棄権運動)が古典的な無政府主義者の立場だというのはたしかです。誰も投票してはならない、なぜならもし投票すれば、政府の機構(state apparatus)に参加したことになるからだ、と。あるいは、もし投票するのなら、自分の名前を投票用紙に書き入れるべきだ、と。その戦術が間違っているとは思いません。もし全国的な運動、たとえば500万人が棄権を誓うような運動があればですが。一方、私は投票がほんとうに問題だとは思いません。棄権する人々に対し、投票する人々が不道徳だとは思いません。
ロスバードはいう。人々は政府という強制組織に取り囲まれているけれども、限られた選択権を与えられてもいる。もしそれを行使することで自由や財産の状況になにか違いが生じると考えるなら、試さない理由はない。投票して大統領職をなくすことはできないけれども(できたらすばらしいことだが)、残念ながらできないからこそ、二人の候補になにか違いがあるのなら、投票を利用しない手はない。そして違いがないことはまずない。二人の人間、二つの集団には少なくともわずかな違いはあるのだから。ロスバードは続ける。
一方、誰に投票するかはほんとうは問題ではありません。私にとって重要なのは、誰を支持するかです。あなたは誰に勝ってほしいのか。「政府を認めたくない」といって棄権しても結構ですが、選挙の夜、残りの投票者たち、投票するそこらのカモたち(suckers)に、誰を選んでほしいのか。それは重要なことです。なぜなら違いがあるからです。大統領職は残念ながら、きわめて重要です。私たちの生活を四年間にわたり大きく左右します。ですから、ある候補者をもう一人の候補者よりも支持・支援、あるいは非難してはならない理由はありません。
そのうえでロスバードは、棄権主義者が投票に反対するだけでなく、誰も支持してはならないと主張する場合、それには賛成できないと異を唱える。

じつは私、ここ数年投票していなかったけれど、この記事が刺激になって、衆院選でひさしぶりに清き一票を投じた。どこに? あれこれ違いを比較した結果、資本主義を擁護するリバタリアンとは一見最も縁遠い政党になってしまった、とだけ白状しておきます。

2014年12月17日水曜日

ロシア、インフレ政策に「成功」

通貨ルーブルが崩壊したロシアで、人々が高額な耐久財の買い物を急いでいるらしい。英紙フィナンシャル・タイムズはこう報じている。
ルーブル崩壊加速を受け、ロシアの人々は貯蓄や年金を急いでドルやユーロに替えるとともに、家具や宝飾品を買いだめ(stocking up)している。……ここ数日の劇的なルーブル崩壊はあからさまなパニックにはつながっていないものの、外貨への両替えや、家具、自動車、宝飾品といった耐久財を一段の値上がり前に買いだめるきっかけとなった。 
中年の女医ガリヤは買ったばかりの金の指輪を見せながら言った。「ルーブルは年末まで下げ続けるでしょう。家具を買うときですよ(“It’s time to buy furniture!”)」。たしかに、買い物客は月曜日の夜中の2時だというのにスウェーデン系の家具店イケアに長蛇の列をなし、買いだめを急いだ。イケアによると、火曜日から値上げするという。
ドイツのN-TVも次のように伝える。
イケアが12月初め、近く値上げすると発表した理由は、ルーブル下落だった。……「人々は大急ぎでテレビやパソコンといった高額品を購入し、ルーブルの値下がりを埋め合わせようとしています」。コンサルティング会社ワトコムのマリア・ワカトワは話す。
通貨の価値が下がる見通し、つまりインフレ期待が強まることで、人々が消費を急ぐ――。どこかで聞いたような話ではないだろうか。そう、日本や米国の中央銀行が躍起になって取り組んでいるインフレ政策がまさにこれである。

投資ブログのゼロヘッジは上記の報道を紹介しながら、こう辛辣にコメントする。「世界の中央銀行は、日銀や米連銀が成し遂げたくてたまらない(desperate to achieve)ことに成功したロシア中銀が、うらやましいのではないだろうか」

インフレ政策の「成功」により、ロシアの国内総生産(GDP)は急増しそうである。しかし「もちろん消費の急増は長続きしないし、使うルーブルがなくなれば終わる」(ゼロヘッジ)。ロシアに注目していれば、日本経済の将来の姿がわかるかもしれない。

2014年12月16日火曜日

原油安の光と影

経済評論家ピーター・シフ12月15日付の記事で、原油価格の急落について皮肉を交えてこう書いている。
ここ数カ月で原油価格がなんと40%も下落したことで、世界経済の見通しは混乱し、地政学上の情勢は一変し、エネルギー産業に対する多くの投資は厳しい重圧にさらされた。経済学者は頭をかきむしりながら、判断に迷っている。原油の値下がりは経済にとって良いことなのか悪いことなのか。原油が安いと失業は増えるのか減るのか。デフレに「勝つ」("defeat" )ために世界各国がおこなっている努力を難しくするのかどうか。
多数派の説明によれば、原油価格が急落した大きな理由は、急増する供給と減少する需要との不釣り合いだという。しかしそれは事実に反するとシフは述べる。ここ数年、世界的にも、米国に絞っても、原油需要は減っていない。一方、供給は北米でこそシェールガス・ブームによって急増したものの、それ以外の世界ではほぼ横ばいである。北米が世界全体の供給を大きく押し上げるほどではない。実際、国際エネルギー機関(IEA)の推計によれば、2014年7〜9月で世界全体の需要は供給を0.6%とわずかながら上回っており、歴史的な供給過剰とはとてもいえない。

ほんとうの理由はなにか。第一に、相場の技術的要因があるとシフは指摘する。2014年に入るころ、景気回復にともなって原油価格が上昇するとの見方が多かった。原油先物取引で投機的な買い建てが急増したのはこのためだろう。買い建玉は7月ごろに400万枚と2010年の4倍近くに達した。多額の投機マネーが原油の値上がりに賭けていたので、わずかな値下がりで売りが広がり、本来の水準を大きく下回る値段まで売られた可能性がある。もしそうなら、ポジションの整理が終われば、原油は大きく値上がりするかもしれない。

第二に、ドル高である。原油は世界的にドル建てで取引されているので、わずかなドル高でも原油の値下がりに直接結びつく。シフによれば、ここ数カ月のドル高をもたらしたのは、米連邦準備銀行が2015年に引き締めに転じるという、根拠のない(unfounded)見通しである。実現しそうにないと市場参加者が気づけば、ドルは売られ、原油は値上がりするだろう。

しかしもし原油価格が安いままなら、これまでの米国での石油ブームは、連銀の金融緩和がもたらしたバブルだったことになる、とシフは指摘する。だとすれば、株式、不動産、債券の値上がりもバブルの可能性があり、それらは弾ける恐れがある。そうなっては大変だから、連銀は量的緩和(QE)第四弾に踏み切るだろうし、それは最終的には「第一、第二、第三弾を合わせたよりも大規模になるだろう」

デフレを恐れる経済学者とは異なり、原油の値下がりそのものは世界経済に好影響をもたらすとシフはみる。ただし国によって影響度は異なる。米国は原油の大生産国なので、受ける恩恵は他国に比べはるかに小さい。同じ大生産国でも、サウジアラビアは生産コストが低いので、原油安を乗りきれるだろう。

原油安の恩恵を最も受けるのは、原油をあまり生産しないが大量に消費するアジア諸国だろう。タイ、台湾、韓国、インド、中国、インドネシアなどである。インド、インドネシア、マレーシアなど多くの政府は原油安のおかげで、財政を圧迫する燃料補助金の削減に動いている(参考リンク「原油価格の下落で恩恵を受ける国・地域」「インドネシアが燃料補助金制度見直しへ、原油安受け」)。

シフは「明るい兆し(silver lining)には多少の雲がつきもの」と表現し、原油安の恩恵はバブルの破裂による痛みをともなう可能性があると指摘する。しかしその痛みは長引かないだろうという。最後に投資のヒントとして「エネルギー株は売られすぎであり、現在の株価なら長期で投資価値があるだろう」と述べている。

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こんにちは、木村貴です。新しいブログ「リバタリアン通信」を始めます。

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