2015年4月12日日曜日

「デフレは悪い」の神話

東日本大震災後、「デフレは悪い」という主張が経済論壇でますます強まっている。これは政治的党派の左右を問わない。保守派と目される中野剛志・三橋貴明の『売国奴に告ぐ!』(徳間書店)という威勢のよい題名の対談本を読んでみたら、御多分に漏れずデフレを悪と決めつけたうえで、グローバル化や構造改革は「デフレを加速させる政策」(三橋)だと糾弾し、デフレから抜け出すには「とにかく何でもいいから財政出動して〔略〕需要を喚起しなくてはならない」(中野)と力説していた。

しかしデフレは本当に悪だろうか。デフレとは物価全般が持続的に下落することを指すのだが、三橋はデフレだと商品の売値が下がって「超薄利」にしかならず、企業に不利だと言う。だがそれはおかしい。利幅は売値とコストの差で決まるのだから、売値が下がってもそれと同様にコストが下がれば、利幅は縮まらない。

利幅が小さくなったり赤字になったりするとしたら、それはなかなか下がらないコストがあるためで、その代表は人件費だろう。しかし人件費が下がらないのは最低賃金や解雇制限など政府の労働市場規制のせいであり、デフレが悪いのではない。第一次世界大戦終結直後、米国で反動恐慌が起こったが、規制がなかったため賃金がすみやかに下がり、企業業績も雇用も回復は早かった。

また中野は、デフレはお金の価値が上がることだから、金を借りている側、つまり債務者にとって不利で、とりわけ銀行融資に依存した中小企業を苦しめると言う。しかし借りた金であっても価値が上がっているということは、それで資材や人材を安く確保できるわけで、商売にはむしろ有利なはずだ。物価が下がれば、不況に苦しむ国民の生活も楽になる。

たしかにデフレ期には負債を返せず業績悪化や倒産に追い込まれる企業が増え、失業者も増加する。だがそれはたいていの場合、デフレに先立つバブルの時代に金を借りておこなった無理な投資や事業拡張のツケだ。そのバブルをもたらすのは政府・中央銀行による過剰な金融緩和である。つまりデフレとは、政府の金融市場操作のせいで歪められた経済構造が、正常に復する過程なのだ。「デフレは悪い」とは神話にすぎない。


だからデフレの進行は自然に任せるべきで、性懲りもなく金融緩和など政府の介入によって妨げようとすれば、過去二十年の日本が示すように、経済の正常化を遅らせるだけである。経済学者ハイエクはそうした試みを「災害をもたらしたまさに同じ手段によってそれを治療しようとすること」(「貨幣理論と景気循環」序文)と痛烈に批判している。中野や三橋はハイエクを「新自由主義者」と蔑んでいるが、正しいのはハイエクの方である。
(2012年3月)


以前書きためた文章を随時掲載します。

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