2015年6月6日土曜日

穏やかな隷属

今日の民主主義政府はことあるごとに、国民の安全を守ると強調します。小型無人機ドローンの規制しかり、「食の安全」を理由とした食品の輸入制限しかり、軍事力による「安全保障」しかり。国民を露骨に虐げる独裁国家に比べれば、なんとも慈愛あふれる姿勢に見えます。しかしこれはほんとうに喜ばしいことでしょうか。

19世紀フランスの政治思想家、トクヴィルは著書『アメリカのデモクラシー』で、現在の政府の姿を予見していました。「今日の民主的諸国の下に専制がうちたてられることがあるとすれば、それは別の性質をもつだろうと思われる。それはより広がり、より穏やかであろう。そして人々を苦しめることなく堕落させるであろう」(松本礼二訳、岩波文庫、第二巻・下、254〜255頁)。トクヴィルは次のように続けます。
人々の上には一つの巨大な後見的権力が聳(そび)え立ち、それだけが彼らの享楽を保障し、生活の面倒をみる任に当たる。その権力は絶対的で事細かく、几帳面で用意周到、そして穏やかである。……市民に安全を提供し、その必要を先取りして、これを確保し、娯楽を後押しし、主要な業務を管理し、産業を指導し、相続を規制し、遺産を分割する。……したがって今日権力は日ごとに自由意志の行使をますます無効に、いよいよ稀(まれ)にしている。(256〜257頁、下線は引用者)
 トクヴィルはこうつけ加えます。「穏やかで平和的な隷属状態は人の想像以上に自由の外的諸形式のいくつかとうまく結びつくことがあろうし、人民主権の影の下にそれが確立されることさえあり得ないことではない」(258頁)。日本は中国や北朝鮮のような共産主義国家とは違うと思い込んでいるうちに、穏やかな隷属におちいっているかもしれません。


参照記事:Tocqueville on the form of despotism the government would assume in democratic America

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