2016年3月14日月曜日

〔本〕『多数決を疑う』



民主主義のもろい土台

選挙に大差で勝った政党の幹部は、「民意が反映された」と誇らしげに語る。しかし多数決に基づく選挙結果と民意とは、同じものなのだろうか。そうではないと著者は指摘する。有権者はどの候補者を一番に支持するかしか表明できず、二番や三番への意思表明はできない。だから当選結果が民意の分布を反映しているとは限らない。それどころか、集約のルールによって選挙結果は変わるから、そもそも民意などというものは存在しないとすら言える。

著者は、民主主義そのものを疑うところまでは踏み込まない。それでも本書は、多数決という民主主義の土台が予想外にもろいことを明らかにすることによって、民主主義に幻想を抱かず、冷静に評価するヒントを与えてくれる。

<抜粋とコメント>
"多数決のもとで有権者は、自分の判断のうちごく一部に過ぎない「どの候補者を一番に支持するか」しか表明できない。二番や三番への意思表明は一切できないわけだ。"
# 当選者が広い有権者層の支持を受けたとは限らない。

"どの集約ルールを使うかで結果がすべて変わるわけだ。「民意」という言葉はよく使われるが…結局のところ存在するのは民意というより集約ルールが与えた結果にほかならない。"
# 選挙結果が「民意の反映」というウソ。

"多数決をめぐる最大の倫理的課題は、なぜ少数派が多数派の意見に従わねばならないのか、というものだ。"
# 従う倫理的義務はありません。従わないと面倒なことになるから従うだけ。

"小選挙区制のもとでは、半数にも満たない有権者が、衆参両院に三分の二以上の議員を送り込むことさえできる。つまり〔憲法〕第九六条は見かけより遥かに弱く、より改憲しにくくなるよう改憲すべきなのだ。"
# 改憲しにくいという神話。

"「主権者である国民が国会議員を選出し、国会が立法し、行政機関はそれを執行する」という形式があるゆえ、現行制度は国民に由来する正統性を持ち「民主的」である、という理屈がまかり通る。"
# 現実には行政機関に広い裁量。暴走の危険。

アマゾンレビューにも投稿。

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