2016年4月19日火曜日

『赤十字とアンリ・デュナン』


政治は平和をもたらさない

左派の人々は、戦争を防ぐためには民主主義が大切だという。右派の人々は、軍事同盟こそ戦争を防ぐ現実的な手段だと主張する。そのどちらも間違っている。

熊本地震の救護活動でも活躍する赤十字社。本書はその創設者であるスイスの実業家、アンリ・デュナン(1828-1910)の生涯を歴史的背景とともに描く。

デュナンの死から四年後、第一次世界大戦が勃発している。この戦争が多くの国を巻き込む世界規模の戦争となった原因は、主要国が自国のみの力では安全を確保できないとして、互いに次々と軍事同盟や協商関係を結んだことにある。今の言葉でいえば集団的自衛権である。

戦場ではそれまでにない膨大な数の人々が犠牲になった。これは兵器の殺傷能力の向上に加え、欧州のほとんどの軍隊で徴兵制が採用されたことによる。徴兵制を支えたのは、一般国民に国防の義務があるとする民主主義の理念だった。

米国のウィルソン大統領は参戦の大義名分として、「民主主義を守るための戦い」だと訴えた。最近の米国政府による海外軍事介入の口実そっくりである。

民主主義と軍事同盟の共通点は、重要な問題は政治によって解決しなければならないという考えである。平和の実現もそこに含まれる。しかし、政治ほど平和から縁遠いものはない。政治の本質は暴力だからである。

戦場での暴力にまゆをひそめる左派の人々も、国家権力をバックに富裕層から累進課税で多額の財産を奪ったり、外国製品の自由な購入を妨げたりすることはためらわない。

これに対しデュナンの発想は、赤十字の活動が示すとおり、「常に国境を越えた国際的なもの、世界的なものであった」。デュナンとともに第1回ノーベル平和賞を受賞した経済学者フレデリック・パシーも、国家に介入されない自由貿易を主張し、それによって戦争の防止をめざした(本書の主題からはやむをえないものの、パシーに関する記述がもう少し詳しいとよかった)。

国家と政治による平和実現という矛盾した考えが行き詰まる現在、個人と経済を基盤とするデュナンやパシーの思想は、平和を愛する人々にとって貴重なヒントになるだろう。

<抜粋とコメント>
"今や全ヨーロッパで国民皆兵が普通のこととなり…「民主主義は戦争のために国民一人ひとりに対して金と労力と血とを要求する」となって…大戦闘集団が各国に常備されていた"
# 民主主義は徴兵制の母。

"むしろ十八世紀の軍隊の医療施設の方が十九世紀のそれより整っていた。…フランス革命後の徴兵制度により、兵士はただのもの、安いものという観念が植えつけられたから"
# 金も人も、強制で調達できるなら大切にはされない。

"当時の列強の軍備拡張はすさまじいまでのものがある。すなわち、一八七五年のヨーロッパ全体の平時兵力は二六〇万(戦時動員七九〇万)、それが三十年後には四〇〇万(戦時動員一九〇〇万)にもなったという"
# 繁栄が軍拡を可能にした皮肉。

"〔第一次世界大戦前〕列強は自国のみの力では安全保障の確保が容易ではないと、次々に軍事同盟や協商関係の発展を図り、勢力均衡の微妙な駆け引きが展開されていった"
# 軍事同盟に基づく集団的自衛権行使の連鎖がもたらした、大戦の災禍。

"〔デュナンとともに第1回ノーベル平和賞を受けた〕フランスのフレデリック・パシーはもともと経済学者で、自由貿易の推進により国家間の相互依存性を高め、軍備管理や平和の実現を図ろうと主張"
# 自由貿易なしに平和はありえない。

アマゾンレビューにも投稿。

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