2016年7月8日金曜日

樋口陽一・小林節『「憲法改正」の真実』



徴兵制導入論の倒錯

樋口陽一は、自分は9条改憲に反対だが、もし改憲して専守防衛の国防軍を作るというなら、その軍隊は国民主権の論理に基づき、徴兵制でなければならないと持論を述べる。これは民主主義のグロテスクな帰結にほかならない。

国民主権の軍隊はフランス革命前のような王のための傭兵集団ではいけないと樋口は述べる。小林節はこれに同意し、一部のプロに戦闘を任せる傭兵は権力者に好き勝手させる道具になると言う。だがそれは歴史的事実に反する。

早尾貴紀『国ってなんだろう?』で指摘されるように、近代以前、傭兵は多額の費用がかかるため戦争の規模は限られ、コストに見合う成果が期待できない戦いは行われなかった。一方、近代国家の紙切れ一枚で徴兵された国民軍は安上がりなため、戦争に歯止めがかかりにくい。

樋口は傭兵を「戦争が好きな者」と呼ぶが、誤りである。傭兵は金に見合わない戦争はせず、形勢が悪くなると逃げ出すこともあった。一方、国民軍は士気が高く、なかなか降伏しない。だがそれは個人の幸福とは限らない。

戦前の日本軍は国民を守らないどころか、満州や沖縄で多くの民間人を犠牲にしたと樋口は正しく批判する。それは軍が国民の雇った傭兵でなく、契約上の義務を負わない政府の一部門だったからである。徴兵では解決できない。

両著者は、安倍政権は安保法制問題で憲法をないがしろにしたと憤る。それはもっともな怒りである。だがそもそも憲法とは、個人の自由と権利を守るためにあるはずだ。自由の侵害そのものである徴兵制を求める樋口の考えは、倒錯している。民主主義(国民主権)と個人の自由(基本的人権の尊重)の対立・矛盾をごまかしてきた憲法学会のツケともいえる。

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