2016年8月21日日曜日

マルクス『資本論』(まんがで読破)



労働者は奴隷か

マルクスによれば、労働者は鉄鎖につながれた奴隷である。しかしそれは正しくない。労働者と奴隷は違う。労働者にはやめる自由があり、奴隷にはないからだ。両者は同じだと無理に言い張ろうとすれば、いろいろおかしなことになる。

チーズ工場で働く労働者が、作業帽や手袋はしているのに、誰もマスクをしていない。一人が咳をし、監督役から「汚ねえ菌が入るじゃねえか」と殴られ、口に雑巾を突っ込まれる。労働者は奴隷だとわかりやすく強調するこの場面のために、マスクを描かなかったとしか思えない。

虐待に憤る労働者カールが監督役に「俺たちは奴隷じゃない」と言っただけで、殴る蹴るの暴行が始まる。この間、他の労働者は作業の手を止めて見守る。こんな不効率が許されるのは、昔のソ連かどこかの社会主義国の工場だけだろう。

労働者カールは街頭で演説し、「俺たちは奴隷じゃない」と訴える。だが演説を聴く労働者たちの誰も、工場よりもきつくて貧しい農村の生活から逃れるため工場を選んだとは口にしない。誰も「工場をやめて農村に帰ろう」とは言わない。

労働者カールは、町で体を売る女性は奴隷だと言う。自由意思であえて売春を選んだ女性まで奴隷扱いすれば、「従軍慰安婦」などやめる自由のない真の性奴隷との区別があいまいになり、「従軍慰安婦」は売春婦だといった不当な主張を助長しかねない。

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