2016年9月14日水曜日

佐藤優『国家の罠』

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―(新潮文庫)
国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―(新潮文庫)

分析ではなく物語

情報分析の素人でも、情報分析では主観的な価値判断をできるだけ排除しなければならないことくらい知っている。ところが「インテリジェンスの第一人者」といわれる著者は、このデビュー作の核心となる部分で、その過ちを犯している。

著者によれば、小泉政権当時、政府は内政・外交両面で政策方針を大きく転換した。このうち内政は「ケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換」だという。しかし2人の経済学者の名を冠したこの表現には問題がある。

小泉政権は規制緩和や「小さな政府」を目標に掲げたから、旧来の「大きな政府」路線からの転換を「ケインズ型からハイエク型へ」と表現するのは的外れではない。問題は前者を「公平配分」、後者を「傾斜配分」と呼ぶところにある。

公平配分の「公平」という言葉は、好意的な価値判断を含む。辞書によれば、「すべてのものを同じように扱うこと。判断や処理などが、かたよっていないこと」を示す。客観的な分析なら「均等配分」「均一配分」などと呼ぶべきだろう。「大きな政府」路線の代表が自分と親しい鈴木宗男元衆議院議員なら、なおさらである。

一方、「傾斜配分」は主観的な価値判断は含まないものの、人為的な所得再分配に反対するハイエクの思想になじまない。著者の「分析」は客観的でも学問的でもなく、「大きな政府は善、小さな政府は悪」という謬見に基づく、勧善懲悪の素朴な物語に近い。

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