2016年9月21日水曜日

〔翻訳〕データで経済はわからない

*Frank Shostak, Economic Data Without Good Economic Theory Is
Useless(すぐれた経済理論がなければ、経済データは役に立たない)より抜粋。

俗説によれば、すぐれた経済理論かどうかは、その予測能力(predictive powe)で決まる。ミルトン・フリードマンが言うには、「実証科学の究極目標は、妥当で有意義な予測を生み出す理論や仮説の構築である」。

モデル(理論)が「役立つ」かぎり、それは妥当(valid)だとみなされる。もしそのモデル(理論)が破綻したら、新たなモデル(理論)を見つけよう、というわけだ。

人間の知識は暫定的で、確実なものは何もないという考えから、経済学に流派が二つ生まれた。経済的宇宙の鍵は抽象的モデルと信じる「象牙の塔の経済学者」(ivory-tower economists)と、データをこね回せば真理がわかると信じる「実践派エコノミスト」である。

しかし統計的手法(statistical methods)は真理を発見する役には立たない。できるのはただ、さまざまな情報の歴史的な断片の動きを比較するだけである。経済活動の原動力を特定することはできない。同じく、経済学者の想像に基づくモデルも役に立たない。

他の条件が同じなら(all other things being equal)、パンの需要が増えれば値段は上がる。この結論は(データ分析で得られる理論と違って)暫定的ではなく、つねに真理である。…この理論で将来のパンの値段は予測できないが、だからといって役立たずとはいえない。

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