2016-09-06

東京新聞・中日新聞経済部編『人びとの戦後経済秘史』

著者 :
岩波書店
発売日 : 2016-08-05

国家の魔法を信じるな

国家に魔法は使えない。できることは、個人には許されない暴力の行使や詐欺を合法的に行うことだけである。できないことをできるかのように言い、無理をしたツケは結局国民がかぶる。本書が描く戦中戦後の経済史は、そんな国家の本性をあらわにする。

大戦中、政府はカネの工面を国民への貯金奨励や国債に頼った。貯金集めは隣組を通じて行われ、貯金しないと物資配給の切符を渡さないなど事実上強制。だが終戦から半年後、政府は巨額の債務返済を狙い、電撃的に預金封鎖を宣言する。

預金引き出しが制限される間に急速なインフレが進み、人々の貯金は実質無価値に。酒もたばこもやらずこつこつ貯金し続けた漁師の男性は、預金封鎖でほぼ全財産を失う。やけを起こして漁をやめ、酒浸りに。購入が事実上義務づけられた戦時国債も紙くずとなった。

戦時中、大蔵省は日銀に保有する金塊の提供を要請した。事実が漏れれば円の信用が低下する。ひねり出した裏技は、将来余裕ができたら金を戻すとする「予約証」の発行。金塊が減っていないよう帳簿上は装った。実際は終戦までに3割減少する。「国民を欺いてしまった」と元大蔵次官は反省の弁を述べる。

戦時経済の司令塔だった岸信介商工相。労働力を軍需産業に集中するため、軽工業や商店に転廃業を迫った。政府に勧められ食糧増産のため満州に向かう人も。戦後、岸や部下の官僚らが政官の表舞台に復活する一方で、満州に渡った人の多くは命を落とした。

今日の日本では、政府債務残高は1035兆円に達し、国内総生産(GDP)比が205%と戦時期(204%)に並ぶ。新幹線や高速道路は社会資本として残るものの、「財政の危機という点では似ている」と日銀OBは警鐘を鳴らす。

国家が何か魔法を使って債務問題をいつかなくしてくれると無邪気に信じる人は、本書を読んでそのような幻想から早く覚めたほうがいい。

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