2016年11月13日日曜日

スティグリッツ『ユーロから始まる世界経済の大崩壊』


緊縮財政への不当な非難

ケインズが生んだマクロ経済学は、経済の量的側面だけを重視し、質を無視する。雇用が減るのは問答無用に悪いと考え、雇用を増やす政策は無条件で良い政策だと称える。著者のような政府の覚えめでたい経済学者ほど、その過ちを犯す。

著者は「緊縮財政が国家に押し付けられれば、政府は歳出を削減し、結果として国民は仕事を失う」と述べる。それは正しい。しかし緊縮財政を非難する根拠にはならない。社会にとって重要なのは仕事の量ではなく、仕事の中身だからだ。

公共事業で道路や空港を造り続ければ、たとえほとんど使われなくても、仕事は維持できる。だが社会の利便を高めたことにはならない。仕事は社会を便利にするためのものだ。仕事を維持するために社会に不便を強いては本末転倒である。

著者によれば1929年の株価大暴落の際、フーバー米大統領は「緊縮財政策を採用し、株価暴落を世界大恐慌へと発展させてしまった」という。この俗説は誤りで、実際にはフーバーは積極的に財政出動し、それで経済を悪化させたのだ。

仕事を失うことはもちろん大変だ。だからといって無駄な公共事業で無理に雇用を維持すれば、労働者は将来性のある仕事に転じる機会を逃し、後々かえって苦しむことになる。目先の雇用さえ増えれば満足な著者には、それがわからない。

著者は公共事業は税金の無駄遣いという批判を意識してか、国家を企業にたとえ、政府が借金を原資にインフラや教育や技術に投資すれば、国民の暮らしを上向かせる可能性があるという。もしそれが可能なら、ソ連などの社会主義国では国民の不満もなく、破綻もしなかっただろう。どんなインフラ、教育、技術がどれくらいのコストなら有用かを判断できるのは、市場だけである。

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