2017年1月10日火曜日

筒井清忠編『昭和史講義』



平等主義の害毒

戦前・戦中の日本人をテロと戦争という暴力に駆り立て、日本を亡国の淵に追いやったのは、強欲な資本主義でも放縦な自由主義でもない。それらを憎む平等主義だった。平和を守れと叫ぶ人々はこの教訓に学ばず、一方で格差反対を叫ぶ。

昭和超国家主義運動の思想的リーダー、北一輝は『日本改造法案大綱』で、クーデターにより日本を平等な社会にするシナリオを描いた。私有財産制度を制限する一方、労働省新設で労働者の待遇を改善し、児童の教育権を保全するなどだ。

北の最終目的は、国内的に平等主義的な改革を実施したうえで、国際的にも平等主義を実現するためアジア諸国を日本が解放し、英米の世界支配を覆すことだった。これは大衆の平等主義の要求に合致し、時代を動かしたと本書(筒井清忠「第7講」)は説明する。

平等主義の毒は強烈だった。1921(大正10)年、北一輝の思想に影響を受けた青年が安田財閥の安田善次郎に「貧困な労働者向けのホテルを造れ」と要求、断った安田を刺殺する。「1%対99%」の対立を煽れば、最後はこうなる。

陸軍の青年将校らも北の思想に心酔しクーデターを計画、1934(昭和9)年の二・二六事件を引き起こす。一方、天皇周辺の親英米派を貧窮にあえぐ民衆の敵とみなす発想は、日本を太平洋戦争へと導く一端となったと本書は指摘する。

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