2017年2月19日日曜日

中島岳志『「リベラル保守」宣言』


政治による愛の強制

同情心は自発的なものである。苦しむ人を助けたいと思う人は、強制されなくてもそうする。政治による強制は、自然な同情心に水を差し、むしろ社会に反感と対立をもたらす。知識人の多くはそれを理解せず、政治による強制を支持する。

著者は東北大震災に見られたという日本人の同胞愛を称える。国民は「ナショナルなイマジネーションを稼動し、同胞の苦しみに涙をこぼし」たという。「稼動」という機械じみた言葉や大仰な表現はともかく、同情は人情の自然な発露だ。

もし国民の同情心が強ければ、政府が強制するまでもなく、人々は被災者を積極的に支援するはずだ。事実、多額の寄付がなされた。同情心も同胞愛も自発的なものだから、寄付こそ支援の手段にふさわしい。ところが著者はそう考えない。

著者は寄付について一切触れない。同胞の苦境に手を差し伸べる手段は、なぜか「国家的再配分」への協力しかない。つまり「税を多く納める」ことだという。同胞愛を称賛しつつ、実際には強制に頼るのは、自分の言葉を裏切っている。

他人を助ける余裕のない人もいる。税はそのような個人の事情を無視し、「被災者だけを特別扱い」と反感を広げる。しかも政府予算はしばしば無駄遣いされ、無関係な被災者まで「焼け太り」と非難を浴びる。政治と愛は両立しないのだ。

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