2017年2月22日水曜日

米国と人道的戦争

本ブログに掲載した『なんとなく、リベラル』への書評に対し、著者の小谷野敦氏から「この著者は第一次大戦を人道的戦争としているがそうか?」「ヒトラーを放置すべきかという問いに、ヴェルサイユ条約の過ちを持ち出して答えている。筋が違う」「モンロー主義を持ちだしているが、あれは米国はアメリカ南北大陸について覇権をもつから手だしするなという意味だがそれも分かっていないのではないか」という反論がツイッターでなされ、それに私(木村)が再反論し、議論となった。以下、私の発言のみ抜粋。

2017年02月19日(日)


ブログの著者です。小谷野さんコメントありがとうございます。大戦の際、英仏米は「独皇帝の専制政治に対する民主主義の戦い」「小国の権利を擁護するための戦争」と称しました。人道的戦争そのものです。むろん背後には経済的利害もありますが、それはイラク戦争も同じです。

ヒトラーを放置すべきだった理由がブログでは不十分なので補足します。連合国がヒトラーを倒したことでホロコーストは終わったかもしれませんが、その代わり、たとえばドレスデン空襲で何万人ものドイツ市民が殺されました。戦争は人助けにはあまり向かない手段だと思います。

モンロー主義が特にセオドア・ルーズベルト以降、南米など西半球で米国の帝国主義的な覇権拡大に利用されたのは事実です。それでも一方で米国が欧州諸国の戦争に「手だし」するのを防いだ役割は評価できます。


第一次大戦が人道的戦いだという英仏米の言い分はたしかに名目でしかなかったかもしれません。しかしそれを言うなら、イラク戦争が人道的という米国の言い分も五十歩百歩でしょう。覇権や利権が真の狙いという意地悪な見方も少なくありません。

ヒトラー暗殺には賛成です。いっそ戦争を禁止し、国際紛争はすべて暗殺で決着をつけるようにすれば、世界はよほど平和になります。ただし爆撃機や軍艦が使えなくなるので、軍需産業の政治的支持が得にくいかもしれません。

米国はヒトラーに勝つためにスターリンと組み、「アンクル・ジョー」とおだて上げ、そのスターリンはヒトラーを上回る大虐殺をやってのけ、ヒトラーから救うはずだった東欧で全体主義支配をしたのですから、ヒトラーに勝ってよかったとはとても言えないと思います。

第一次大戦当時には、「独裁者」の代わりにカイザー(ドイツ皇帝)という「専制君主」が格好の悪役にされました。カイザーが本当に悪だったかどうかはともかく、民主主義が善という価値観に立てば、立派な打倒の対象でしょう。イラク戦争におけるフセインがそうだったように。

ある結果が良かったか良くなかったかは、それに払った代償を考慮しなければ判断できません。私はヒトラーを倒す方法として、暗殺は賛成と言いました。代償が小さい(と思う)からです。しかし現実に実践された方法は戦中・戦後の代償が大きすぎるので、賛成できません。

ヒトラーやスターリンや毛沢東やポル・ポトやピノチェトや北朝鮮はもちろんタチの悪い人殺しです。しかしまともな警察官は、人殺しを倒すために町内に爆弾を落としたりしません。


もしドイツ皇帝が小谷野さん(と私)の見方どおり「特段の悪ではなかった」とすれば、「特段の悪」であるかのように主張し、モンロー主義に反して欧州の戦争に介入したウィルソン政権の米国は、私の意見どおり、やはり間違っていたことになります。

じゃあヒトラーのドイツをどうすればよかったかといえば、英仏は自衛戦争を戦えばいい。米国は自衛でもない戦争を国民に強いるべきではなかった。英仏を助けたい米国人は、個人として義勇兵や資金援助の形で加勢すればいい。自分の意思に反し生命や財産を失わずに済みます。

ヒトラーが勝ってもいいとは思いません。しかしだからといって、ヒトラーを倒すために米国民に戦争を強いるべきだとは思いません。米政府の役割は米国民の生命・財産を守ることであって、ヒトラーの打倒はその役割を超え、むしろ本来の役割に反するからです。

ドイツはポーランドに侵攻したんであって英仏に侵攻したんじゃないから、私の理屈で言えば英仏はドイツを放置すればよかったことになる……。そのとおりですね。英仏政府の仕事はポーランドを守ることではありませんから。

一読者の相手をしてくださり、ありがとうございました。勉強になりました。今回はいろいろ生意気なことを書きましたが、小谷野さんの本やアマゾンレビューはいつも楽しみにしています。ますますのご活躍を。

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