2017年4月21日金曜日

最低賃金法は人種差別

次より抜粋。
Chris Calton, The Racist History of Minimum Wage Laws
(最低賃金法の人種差別の歴史)

経済学者ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)は1966年、ニューズウィーク誌で「最低賃金法は六法全書で最も黒人差別的な法律だ」と述べた。しかし最低賃金法の人種差別的な影響は19世紀にさかのぼることができるし、今も続いている。

1930年代に黒人蔑視はそれ以前よりほとんど改善されなかった。それにもかかわらず、黒人の失業率は白人よりもわずかに低かった。これは鉄道労働者(railroad workers)のように、白人よりも低い賃金を受け入れる意思があったからである。

1930年代の一連の最低賃金法は、すべてアフリカ系米国人を雇用市場(job market)から閉め出すためのものだった。雇用主に人種差別的でない賃金を払わせるのではなく、黒人を人種差別的な賃金から人種差別的な失業に転じるよう強いただけだ。

1960年代、多くのアフリカ系米国人が農業従事者として雇われていた。一つには、まだ賃金規制の対象でない労働分野だったからだ。1967年、政府が「貧困との戦い(War on Poverty)」の一環として最低賃金法を農民に拡大すると、それが一変する。

最低賃金法のせいで、ミシシッピ・デルタ(Mississippi Delta)地域だけで2万5000人の農業労働者が仕事を失った。「時給1ドルだって価値はあるさ」と日雇い労働者の妻は語った。要するに、最低賃金は生計を立てる能力を破壊したのである。

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