2017年4月9日日曜日

資本家憎悪の野蛮

経済が不況になるのは人々がカネを消費に使わないせいであり、その元凶はカネを抱え込んで使おうとしない富裕層にある。したがって不況を克服するには、富裕層から国家が課税によってカネを吸い上げ、代わりに使ってやればよい――。これは左右の国家主義者に共通する、誤った経済論議の一つである。

経産官僚で評論家の中野剛志は『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)において、十九世紀英国の詩人で、政治評論も多く著したコールリッジの主張を持ち上げる。コールリッジはこう書いたという。「租税を通じて、怠惰な富裕層から勤勉で企業家精神に富んだ人々へと、資本が絶えず引き渡されることによって、国富は結果的に増大するでしょう」

また中野によれば、現代米国の経済学者スティグリッツも、コールリッジと同じような観点から、より平等な社会のほうがより需要が拡大し、経済は成長すると論じている。コールリッジとスティグリッツに共通するのは、不況の原因はカネを貯め込んであまり使わない富裕層の存在だという見解である。中野も指摘するとおり、これらは本質的にケインズ経済学の主張と同じである。ケインズは貯蓄を「現在の所得のすべてを消費に充てない、良くない行い」と呼んだ。

しかしこれらの見解は誤っている。富裕層はカネをすべて箪笥にしまうわけではない。多くの場合、銀行に預ける。銀行はこれを企業に貸し出し、企業はその資金で工場や店舗の建設、道具や機器の購入といった投資を行い、生産性を高める。生産性が高まれば、消費者が望む商品やサービスがより多く、安価に提供され、社会は物質的に豊かになる。富裕層がカネを銀行に預けるのでなく、株式や社債を購入した場合も、同じく投資資金、すなわち資本が提供される。

ケインズ主義者は、不況時には企業が投資に尻込みするので、代わりに国家が公共投資をするべきだという。しかし誰もが知るように、消費者の需要を考慮しない公共事業は一部の関係業者を一時潤すだけである。

いずれにせよ、富裕層は「怠惰」な存在などではない。元利金が戻らないかもしれないリスクを取り、資本を提供する社会的役割を担う。つまり資本家である。資本家がいなければ、その名のとおり、資本主義は成り立たず、社会は豊かにならない。

ケインズは、資本主義社会は富と所得の分配が恣意的で不公平だと非難し、金利生活者を安楽死させよと書くほど資本家を憎み、投資は政府がせよと主張した。資本家を悪玉に仕立て上げ、国家に代理を務めさせるケインズ主義は、マルクス主義と同じく国家主義者の発想であり、社会を貧困に追いやる野蛮な思想である。

(2013年11月、某ミニコミ誌に寄稿)

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