2017年5月7日日曜日

戦時下日本の愚劣と傲慢

戦争を論じる保守主義者は、将兵の雄々しさばかりを強調する。しかし戦争において人間は雄々しさと同じく、いやそれ以上に、度し難いほどの愚かしさや傲りもさらけだす。

早川タダノリ『神国日本のトンデモ決戦生活』(ちくま文庫)は大東亜戦争中に刊行された雑誌やパンフレットをもとに、銃後の日本人、とりわけ政府や軍関係者、それに迎合する言論人らの愚劣きわまる言動を、ユーモアを交え、しかし呵責なく批判する。

文部省の教学錬成所で錬成官を務める医学博士の杉靖三郎は、「日本に栄養不足絶対になし」という珍妙な文章を「婦人倶楽部」に書いた。杉曰く、従来の栄養学は肉食偏重の西洋型で、日本栄養学の見地から見ればどんな粗食・少食にも日本人は耐えられる。「足りないのは実は食糧でなくて……食事に対する工夫です」。精神力で空腹を克服しろというわけである。

杉は戦後も大活躍で、医学専門書のほか、『エレガントなSEX』『写真で見る性生活のテクニック』といった本を量産し、九十六歳まで生きた。

雑誌「主婦之友」は空襲下での子育てについて、母親たちにこんな説教を垂れた。「子供を被害から逃れさすことばかりが防空ではありません。戦場に育つた子供でなければ経験し得ない、生々しい戦いの体験を、将来国の強兵として戦場に立つときの基礎に、立派に活かしてゆかうではありませんか」。いつ命を落とすかわからない空襲を、子供の精神鍛錬に活用しろとは恐れ入る。

同誌は十九年十二月号で、全体の半分近い頁に「アメリカ人をぶち殺せ!」といった扇動的なスローガンを刷り込んだ。この号は古書店でも入手が難しく、敗戦時に主婦之友社が戦犯追及から逃れるため回収・焼却したのではないかとみられている。

帝国在郷軍人会本部が刊行した『軍国家庭読本』は最終章を、戦争未亡人の貞操をどう守るかに費やした。女は「つまらぬ劣情」に左右されるものと決めつけ、そのうえで「理想としては、一生独身生活を送るのが至当」「親兄弟や社会が、何等要求する事がないに拘はらず、その身の勝手や、情欲の為に、再婚するような事は許すべからざる罪悪」などと非人間的な要求を押しつける。

極めつけは右翼の巨魁、頭山満である。昭和十九年七月、サイパン島で約三千名の日本軍が玉砕、残された日本人住民も断崖から身を投じたと聞き、「愉快なことぢや」と喜んだ。「忠に死し孝に死するは臣子の大経」だからである。頭山は同年十月、御殿場の山荘にて九十歳で大往生を遂げる。

こうした愚劣や傲慢から目を逸らした、建前だけの戦争論など無意味である。

(2014年4月、某ミニコミ誌に寄稿)

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