2017年1月31日火曜日

〔翻訳〕入国禁止に安全効果なし

Alex Nowrasteh, Little National Security Benefit to Trump’s Executive Order on Immigration(トランプの入国禁止に安全上の利益なし)より抜粋。

米司法長官に内定しているセッションズ上院議員(Jeff Sessions)が公開したリストによると、9/11テロ以来、テロ関連の有罪判決は580件。このリストはトランプ大統領による入国禁止措置に影響を及ぼしたとみられるが、細部に驚くべき点がある。

第1に、有罪判決全体のうち241件(42%)はテロの罪によるものではない。全体の数は「テロ関連」というあいまいな区分(nebulous category)で水増しされている。これは当初はテロ容疑だったものの、結局はテロ以外で有罪になったものを含む。

第2に、わずか40件(全体の6.9%)が外国人によって計画された米国でのテロだった。海外(foreign soil)でのテロは犯罪だし、有罪になれば厳しく処罰するべきだが、それで米国が安全になったとはいえない。米国を狙ったテロではないからだ。

第3に、有罪判決を受けたうち92件(16%)が米国生まれの市民だった。移民法(immigration law)や査証規制をどう変えようと、入国審査をどれだけ厳しくしようと、彼らを止めることはできなかっただろう。

1975~2015年に20人の難民(refugees)が米国でのテロ(未遂を含む)で有罪となり、殺害された米国人はわずか3人(すべて1970年代)。シリア難民に殺された米国人はいない。難民によるテロで死ぬ確率は年間36億人に1人である。

2017年1月30日月曜日

佐伯啓思『反・民主主義論』



腰砕けの批判

多くの民主主義批判には問題がある。民主主義の批判自体が悪いのではない。批判が不徹底で腰砕けだから問題なのだ。なぜそうなるか。民主主義の批判者自身が、民主主義の礼賛者と同類の国家主義者だからだ。本書の著者もそうである。

著者によれば、今の日本人は国民主権を至極当然のものとしている。しかし国民主権を意味あるものにするには、国民の意思(民意)が、状況に振り回され、情緒や宣伝で一時的に興隆したかのような「世論」であってはいけないという。

著者は吉野作造を踏まえ、民意とはその時々の「世論」ではなく、健全な常識や経験や判断力に基づいた「輿論」でなければならないとする。両者の区別は難しいが、判断できる「少数の賢者」はおり、それを見極めるのが大衆だと述べる。

しかし「少数の賢者」が国の指導者になりうるという吉野や彼に共感する著者の考えは、甘いといわざるをえない。少数賢者も生身の人間である以上、個人の利益を優先し、判断を曲げる恐れは大いにある。権力を求める政治家ならなおさらだ。

公平無私な「賢者」を大衆が見極め、選ぶというのも空論だ。ルソーが民主主義の前提とした、全市民が知り合いの超小国ならともかく、会ったこともない立候補者の人格識見など判断できないし、全員が不適格でも誰かが選ばれてしまう。

民主主義が危険をはらむという著者の認識は正しい。そうだとすれば、合理的な解決法は明らかなはずだ。民主主義の権限が及ぶ範囲をできるだけ小さくすることである。つまり政府の権限をできるだけ小さくすること、小さな政府にすることだ。しかし著者は周知のとおり、小さな政府に強く反対する。これでは解決の道を自ら閉ざしているようなものである。

2017年1月29日日曜日

〔翻訳〕経済ナショナリズムの危険

Ludwig von Mises, The Heart of Nazism Was National Self-Sufficiency(ナチズムの核心は国家の自給自足)より抜粋。

ナショナリズムの目的は、外国人に害悪を押しつけ、自国民の一部か全部に幸福をもたらすことである。外国商品(foreign goods)は国内市場から締め出されるか関税を課される。外国労働者は国内市場に参加させてもらえない。外国資本はよく接収される。

経済ナショナリズム(economic nationalism)は戦争をもたらす。それは害を受けた側が自分たちは十分強いと信じ、自分たちの幸福に有害な政策を武力で打ち破ろうとするときである。

外交政策と国内政策は密接につながっている。経済ナショナリズムは、政府が企業に介入する国内政策の当然の結果(corollary)である。国は公的規制・統制を強めるほど、経済的な孤立へと追い込まれる。

自由貿易と民主主義の世界には、戦争と征服の動機が生まれない。そのような世界では、国家主権の及ぶ領域(territory)の大小を気にする必要がない。市民は属州を併合しても何の得もない。だから領土問題を冷静に判断できる。

いかなる国際機関も、経済戦争がなくならない限り、平和を維持できない。国際分業の時代において、自由貿易はあらゆる友好的な国際協定に不可欠である。そして国家主義(etatism)の世界で自由貿易は不可能である。

2017年1月28日土曜日

貝塚茂樹・伊藤道治『古代中国』


土地私有と経済発展

左翼の一部は「原始共産制」に憧れを抱く。その一つの特徴は土地の公有である。縄文時代など大昔の社会では土地は私的に所有されず、共同体で公有されたという。しかし、もし現在土地を公有化すれば、経済そのものが崩壊するだろう。

土地の私有は経済発展の基礎である。それは本書が描く古代中国の歴史からもわかる。中国で土地はもともと公有であり、人民は使用権や占有権を認められるだけで、土地の所有権というものはなかったらしい(p.446)。それがある時期に変化する。

春秋戦国時代、土地に所有権が認められるようになる。これは秦の政治家、商鞅などが農地の開墾を奨励する手段としてとり始めた政策によるとされる(p.447)。自分の土地でなければ人は真剣に耕さないことを政治家は認めざるをえなかったのだ。

所有権の成立後、農村に「貧富の差が出てくる」と本書はやや批判的に述べる(p.452)。しかし一方で各地に産業が興り、商業の発展を促す。大規模な都市がいくつもできる。都市では音楽、闘鶏、ドッグレース、博打などあらゆる娯楽が盛行した(p.437)。

交易の発展を受け、各国は関税を課す。収入を増やそうと高い税をかけた。これに対し孟子は、荷物の中身を検査するだけで関税を取らないのが古代理想国家の政策だったとして、無関税を説いた(p.435)。実行すればその国はもっと栄えただろう。

2017年1月27日金曜日

〔翻訳〕中央銀行独立の神話

Tho Bishop, Steve Mnuchin Defends the Myth of Fed Independence(ムニューチン米財務長官が擁護する連銀独立の神話)より抜粋。

米連邦準備制度監査法案(Audit the Fed)を批判する人々はいつも、連邦準備銀行の独立性を最大の反対理由にあげる。この主張はせいぜいのところ無知を示すものだし、さもなければわざと人を惑わすものだ。

連銀幹部は行政府側と定期的に会い、米金融規制改革法(Dodd-Frank regulation)や不良債権救済プログラム(TARP)など重要案件で協力してきた。行政府の協力相手で、議長も大統領に指名されるのだから、他の連邦関係機関より独立性は少ししか高くない。

バーンズ(Arthur Burns)連邦準備理事会議長の時代、同議長はニクソン政権の背後で暗躍し、大統領としばしば密談した。自分はニクソンの「無二の親友」とまで言い、同大統領の金兌換停止には賛成でなかったが、人としての好意から支持したという。

グリーンスパン議長(Alan Greenspan)とブッシュ(父)政権の関係はぎくしゃくし、財務長官が毎週の会合をやめるほどだった。多数の見方によると、そのせいでグリーンスパンは景気テコ入れの利下げを拒み、1992年のブッシュ再選の目をなくした。

連銀は独立機関ではないし、なれない。その行動を人間が決める以上、意思決定者の思想や世界観に左右される。あらゆる党派・思想的偏向(bias)を金融政策からなくしたいなら、最善の手段は連銀を廃止し、お金のことは市場で決めることだ。

2017年1月26日木曜日

高橋源一郎『丘の上のバカ』


古代ギリシャの美化

民主主義を擁護する人はよく、古代ギリシャを一つの理想として語る。多数の市民が丘の上に集まり、重要な政治問題について熱心に議論する。無関心層の多い現代とは大違いというわけだ。しかしそんな社会が本当にすばらしいだろうか。

本書の引用によれば、アテネの政治家ソロンは、国内での争いに加わらず武器をとらない者は「無関心」だとして処罰した。著者は「『公』への無関心」を罰したと評価するが、暴力を好まぬ穏やかな人間を罰するとは野蛮もいいところだ。

政治に無関心な現代日本人と違い、ギリシャ市民は「公」の仕事にいそしんだ。議会や裁判員の務めはもちろん、戦争に備え普段から体育場で身体を鍛錬した。作家の著者は、読書や思索の時間をそんなことに奪われて平気なのだろうか。

ギリシャ市民はときに、公務に一年間は忙殺されたという。それでよく日常生活が送れたものだと、現代人は不思議に思うだろう。だがそれは心配ない。市民権を持つ成年男子は人口の一部にすぎず、生産活動は奴隷にやらせていたからだ。

著者は敬意を込め、ギリシャ市民を「丘の上のバカ」と呼ぶ。ところがそのバカたちは「愚かな意見」を怒りの声で退けたという。きっとその本当のバカはこう言ったのだろう。「なぜ決める必要がある? 各自で自由にやればいいだろう」

2017年1月25日水曜日

〔翻訳〕トランプに望む

Jeff Deist, What Trump Could Do(トランプにできるだろうこと)より抜粋。

トランプの勝利は保守派の勝利ではない。政治的右派は個人主義や資本主義に関し首尾一貫した思想がない。共和党は遠い昔に小さな政府や立憲政治を放棄した。外交政策では、過激左翼が生んだ介入主義や国家建設(nation-building)にのめり込んでいる。

トランプに何ができるか、という問いは間違っている。重要なのは元に戻すこと、少なくとも何もしないことだ。必要なのは政治による社会の支配を減らすこと。つまり経済、文化、社会問題への政府の関与(state involvement)を減らすことだ。

第一に、トランプは「米国第一」(America first)の外交政策を追求すべきだ。「米国第一」に右派も左派も反対なのは、それが良い考えであることを示唆する。シリアへの介入をやめよ。イランと争うな。ロシアとの冷戦再開という狂った要求を拒否せよ。

第二に、連邦準備制度(FED)。国債購入で議会の借金体質を助長し、超低金利で預金者を苦しめ、企業の投資判断を狂わせバブルを再燃させている。まずはポール上院議員(Senator Rand Paul)のFED監査法案を通すよう議会に圧力をかけるべきだ。

第三に、政治的正しさ(political correctness=PC)による言葉狩りを批判し続けるべきだ。言葉の意識的操作は独裁政治そのものである。トランプがPCを見聞きするなり拒絶するのは彼の良い部分だ。彼のツイッターがここでは大いに役立つだろう。

2017年1月24日火曜日

林佳世子『オスマン帝国500年の平和』


商業が育む寛容

昨今、政治家が「共生」「寛容」「多様性」を大切にせよと説く。しかし大統領選を巡り国民がいがみ合う米国を見てもわかるように、政治は友と敵の対立関係だから寛容とは無縁だ。寛容を育むなら政治でなく、商業の自由があればいい。

オスマン帝国は多様な民族が共存したことで知られる。本書によれば、支配層には現在でいうトルコ人だけでなく、セルビア人、ギリシャ人、ブルガリア人、ボシュナク人、アルバニア人、マケドニア人、アラブ人、クルド人などがいた。

商工業者のギルド組合は、イスラム色の濃いものもあるが、イスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒が混在する場合も多かった。ギルドの役割は競争を制限して既得権を守ることだが、実際には制限は徹底しておらず、競争が盛んだった。

地方政府は、自国業者を関税などで「保護」する現代の国民国家と違い、安くて品質のよい品であれば、町の外や外国からでも市場に入れることに抵抗しなかった。商工業者は厳しい競争にさらされ、各地で競争力のある手工業製品が育つ。

裕福になった人々は大規模な宗教寄進を行った。17世紀のサラエヴォでは寄進によって多数の学校、給水施設、水車、橋が運営された。「共生」の旗を振る政府の助けなどなしに、非イスラム教徒も住む町のインフラを整備したのである。

2017年1月23日月曜日

〔翻訳〕オバマ外交の失敗

David Gordon, The Failures of Obama's Foreign Policy(オバマ外交政策の失敗)より抜粋。

自由な市場と平和的な外交政策(peaceful foreign policy)は切り離せない。政府が好戦的な外交政策を行えば、自由な市場は維持できない。強力で攻撃的な政府がしょっちゅう戦争を行うと、それを支えるために莫大な経済資源が必要になる。

オバマは米国の外交政策を批判して大統領に就任したが、根本的な変化を望んでいた人々をたちまち失望させた。オバマは実際には介入主義者(interventionist)だったのである。

オバマは二つ約束をした。一つはイラク戦争(オバマの言う「馬鹿げた戦争(stupid war)」)を終わらせること。もう一つはアフガニスタン戦争(「必要な戦争(necessary war)」)に勝つことだ。驚くなかれ、8年後の今、どちらの約束も果たしていない。

イラン核合意(Iran nuclear deal)を除き、オバマ政権は中東で混乱を助長した。シリアでアサド政権を転覆しようとし、失敗して悲惨な状況をもたらした。リビアでもカダフィ政権を崩壊させ、同国を混乱に陥れた。

オバマは共産主義と冷戦がとうの昔に終わっていることを無視し、過去の政権による反ロシア政策(anti-Russian policy)を続けた。ロシアを刺激してプーチンをクリミア、ウクライナへの敵対行動に駆り立て、それを口実にさらなる介入政策を進めた。

2017年1月22日日曜日

西田正規『人類史のなかの定住革命』


道具がもたらす繁栄

機械の急速な発達で人間が仕事を奪われ、社会が荒廃する――。こんな悲観論が世間をにぎわす。だがそれは誤りである。過去、道具や機械の利用は人間社会に繁栄をもたらしてきた。それは本書が描く先史時代からすでに始まっていた。

人類はおよそ一万年前、それまで数百万年にわたり続けてきた移動生活をやめ、定住生活を始めた。著者は「定住革命」と呼ぶ。きっかけとして有力なのはウケ(筌)やヤナ(梁)、魚網といった定置漁具を使った漁業を始めたことである。

定置漁具は携帯が不便だったり不可能だったりするが、その代わり漁獲量の増加が期待できる。製作には繊維や木材を加工する高度な技術が必要で、多くの時間と労力を必要とするが、そのコストに十分見合うリターンを得ることができた。

定置漁具の利用は、集団内の分業にも変化をもたらす。狩や刺突漁に比べると労力がかからず、単純作業の反復であるため、女性や子供、老人でもできる。男性は年間を通じた狩猟活動から解放され、その労力を他の仕事に向けられる。

三方湖近くの鳥浜貝塚(福井県)からは、大型魚やサザエなど海の魚貝類の骨や殻が出土する。縄文時代の男たちが10キロほど離れた海で漁に興じ、戻って家族らと美味を楽しんだ名残りとみられる。道具の利用が生活を豊かにしたのだ。

2017年1月21日土曜日

〔翻訳〕富豪が貧困をなくす

Tim Worstall, Oxfam is Wrong About How to Alleviate Poverty(オックスファムの貧困対策は誤り)より抜粋。

国際非政府組織(NGO)オックスファムによれば、世界の富裕層上位8人の資産が下位50%と同額という。この事実は正しい。しかし富裕層から財産を取り上げ、貧困層に与えるという処方箋(solution)は間違っている。

問題の本質は、金持ちが少ないことだ。巨万の富が問題なのでない。問題は貧困であり、不平等(inequality)ではない。

より多くの価値を創造しなければ、より多くの価値を消費することはできない。経済学者ノードハウス(William Nordhaus)によれば、企業家が手にするのは自分の創造した価値の3%だけだ。残り97%の価値は私たち消費者が得る。

ウォルマート創業者、サム・ウォルトン(Sam Walton)の相続人は1000億ドルの遺産を得たが、それは価値全体の一部にすぎず、一度きりでしかない。米国の消費者はウォルマートの安売りで節約でき、1年間だけで2500億ドルもの価値を得た。

人は価値を消費する。その価値は誰かがどこかで創造しなければならない。8人の企業家(eight entrepreneurs)が大金を手に入れたのは、消費者のために多くの価値を作り出したからだ。彼らが豊かになったのは、私たちを豊かにしたからなのだ。

2017年1月20日金曜日

小林登志子『シュメル』


文字は商業が生んだ

知識人はよく商業を軽蔑する。アリストテレスは利潤目的の商業と高利貸しを非難に値する職業と述べたし、荻生徂徠は商人を「骨折らずして、坐して利を儲る者」と批判した。ところが文明に欠かせない文字は、商業が生んだものである。

最古の文字はシュメルで生まれた。本書によれば、その起源として有力なのは、交易活動である。「なにをどこからどれだけ持って来たか」「誰となにを交換したか」といった記憶を目に見える形にする工夫から、文字が生まれたという。

多様な生産物を記録する必要から、羊、牝牛、犬、パン、油などの形をした「トークン」と呼ばれる小さな粘土製品が作られた。これを粘土板に押し付けたのが文字の祖形という。当初は絵文字だったが、後によく知られる楔形文字となる。

一方、現在まで伝わるアルファベットはフェニキア商人によって考案された。交易活動が盛んな地中海に面した古代世界では、フェニキア文字と楔形文字という二つの系統の文字が使われており、それはいずれも商業が生んだものだった。

シュメル人は「都市に住む文明人」を自負した。法律では「やられたら、やりかえせ」式の「同害復讐法」ではなく、傷害事件はお金で賠償できるという進歩的な考え方を採用する。不毛な死刑論議が続く現代日本でも参考になるだろう。

2017年1月19日木曜日

〔翻訳〕ベーシックインカムがもたらす貧困

Nathan Keeble, The Dangers of a "Universal Basic Income"(ベーシックインカムの危険)より抜粋。

ベーシックインカムは、労働意欲を失わせるという福祉政策につきものの問題をなくしはしない。累進課税(progressive taxation)で必要な原資を賄えば、稼いだ人ほど財産の多くの割合を取り上げられ、働く意欲をなくす。

正常な市場では、消費者が求めない商品の生産者はすみやかに生産をやめ、生産的な分野(productive areas)に力を入れる。しかしベーシックインカムは、価値のあるものを作った人のお金で、価値の低い生産活動を続けさせる。

市場で富を得るには、価値を生まなければならない。物を買うお金を稼ぐには、何か他の物(something else)を作らなければならない。ベーシックインカムのような福祉政策は違う。価値を生んだ人から稼いだお金を取り上げ、生まなかった人に与える。

企業家が顧客の需要に応えなくてよくなると、顧客は選択肢の量が減り、質が悪化する。つまり広範囲な福祉政策(overall welfare)は、自由な市場経済に比べ、人々を貧しくする。

まず富を創造して初めて、それを分配できる。政治によって生産的でない仕事が奨励されると、富を生み出せず、政府の計画立案者(government planners)は富をばらまきたくてもばらまくことができない。

2017年1月18日水曜日

百田尚樹『カエルの楽園』

著者 : 百田尚樹
新潮社
発売日 : 2016-02-26

「現実主義者」の非現実

政治的右派は、左派の憲法9条擁護を非現実的だと批判する。それには一理ある。しかし現実主義者を自称する右派の防衛論は、別の意味で非現実的である。年金や学校もまともに運営できない非効率な政府を信頼し、防衛を任せるからだ。

寓話で左派を揶揄した本作には重大な矛盾がある。楽園ナパージュに住むカエルは体に毒腺があるが、争う力を持つことを禁じる「三戒」に従い、子供のころに潰してしまう。無防備につけ込み、凶暴なウシガエルが襲う。そこまではいい。

問題はその後だ。ウシガエルは楽園のカエルを次々に食う。しかし毒腺をつぶしても、カエルの体内には毒があるはずだ。現実の世界でも、毒のあるヒキガエルを犬や猫が食うと、呼吸困難、麻痺、痙攣などを引き起こし、死ぬこともある。

楽園のカエルの毒は、巨大なワシの目をつぶすほど強烈という。ところが食ったウシガエルは何ともない。毒があるなら死ぬか弱るかして、残りは恐れをなして逃げ帰るはずだ。だがそれでは作者の意図に反し、楽園は無事守られてしまう。

ウシガエルの襲来を前に、カエルは反撃を巡り国会で激論を交わす。この描写は無意味だ。国会で決めようが決めまいが、体には反撃の毒があるのだから。作者は政府が防衛を独占する人間の現実に引きずられ、物語の設定を忘れたらしい。

2017年1月17日火曜日

〔翻訳〕マルクスの保護貿易批判

Jairaj Devadiga, What Marx Could Teach Obama and Trump about Trade(マルクスが貿易についてオバマとトランプに教えられただろうこと)より抜粋。

カール・マルクスは、経済の自由を擁護したことで知られているとは言えない。しかしそんなマルクスですら、保護主義の害悪(evils of protectionism)を理解していた。

親友エンゲルス(Frederick Engels)の引用によれば、マルクスは保護主義をこう定義した。「製造業者をでっち上げ、独立した労働者から収奪し、国の生産・生活手段に対する投資を促し、生産の近代化を無理に短縮するための人為的手段」

トランプ次期米大統領は輸入品に関税(tariffs)をかけることで、米国製品を相対的に安くし、国内での生産を促そうとしている。これがマルクスの言う「製造業者をでっち上げ」ることだ。

マルクスが述べたとおり、保護主義は労働階級に損害を与える。海外との競争から守られている企業やその従業員を除き、誰もが損をする。トランプが全輸入品の関税を上げれば、米国の平均的労働者は生活費(cost of living)が急増するだろう。

マルクスは、最低賃金などの規制で雇用のコストが上がると、機械を使うほうがより儲かることを理解していた。トランプが中国製品への関税を上げても、雇用が米国に「戻る」とはいえない。米国人よりロボット(robots)を使うほうが安いからだ。

2017年1月16日月曜日

笈川博一『古代エジプト』



官尊民卑の末路

官僚の仕事とは、政府の力と権限を強めるため、民間から少しでも多くの税金を取り、規制を増やすことである。だから官僚の力が増すほど経済の活力は弱まるし、若者が競って官僚をめざす国は衰退に向かう。古代エジプトもそうだった。

本書によると、古代エジプトで王に仕える書記は特権階級だった。パピルスに書かれた「書記の勧め」という文章では、地位の高い書記が弟子に対し、書記になると他の職業よりもいかに楽ができて金になるか、という利益を強調している。

高級官僚の書記はこの文章で、他の職業をさんざんにけなす。陶器師は泥だらけ、靴屋の手は真っ赤で悪臭がする。商人は忙しく、出張しなければならず、税金を取られる――。自分はその税金で暮らしているくせに、全然悪びれていない。

書記は他の職業をけなした後、「しかし書記だけはこれらすべての生産高を記録する」と誇り高く述べる。そして弟子に向かいこう諭す。「もしお前に頭があるなら、書記になれ」「書記になれば楽で豊かな生活ができる。税金も納めない」

書記をめざす生徒は多くの文字や文体を覚えるため、背中に教師のムチを受けながら昼も夜も寝ないで学んだ。やがてエジプトの経済力は衰え、アジアが鉄器時代に入った後も青銅器文化にとどまった。官尊民卑の社会と無縁とは思えない。

2017年1月15日日曜日

〔翻訳〕「国際」経済学はいらない

Donald J. Boudreaux, No Such Thing as "International" Economics(「国際」経済学なんてものはない)より抜粋。

経済学に「国際経済学」などという下位区分(sub-discipline)はないほうがいい。個人(企業など自発的に作った集団のメンバーを含む)だけが貿易を行う。国は貿易しない。

個人(企業など自発的に作った集団のメンバーを含む)だけに比較優位(comparative advantages)や比較劣位がある。国にはない。個人だけが生産活動で得意分野がある。国にはない。

個人(企業など自発的に作った集団のメンバーを含む)だけが大量生産や多角化(economies of scale, of scope)のメリットを生み、享受できる。国にはできない。

個人(企業など自発的に作った集団のメンバーを含む)だけが支出、貯蓄、投資を行う。国はやらない。個人だけが収入、富、幸福(welfare)を得たり失ったりする。国にそのようなことはない。

もちろん「米国と中国の貿易」「ドイツはビール醸造に比較優位がある」「インドの国民所得が増加」などと話すことはできる。しかしこれは単に、生身の人間(flesh-and-blood person)が行う無数の選択・行動の結果を合算した、意図せざる結果を意味するだけだ。

2017年1月14日土曜日

トッド・佐藤優『トランプは世界をどう変えるか?』


ポピュリズム叩きの欺瞞

主流派のメディアや言論人はことあるごとに、民主主義を守れと叫ぶ。国民の意志を尊重するためという。ところが民主主義の手続きを踏んでいるにもかかわらず、結果が自分たちの価値観に合わないと、ポピュリズムと呼んでおとしめる。

本書でトッドは、そんな欺瞞を衝く。「〔米大統領選で〕トランプ氏は選ばれたのです。…大衆層が自分たちの声を聞かせようとして、ある候補を押し上げる。…ポピュリズムと言ってすませるわけにはいかない。それは民主主義なのです」

米大統領選の両候補で「真実を口にしていたのはトランプ氏のほう」とトッドは語る。「米国はうまくいっていない」「米国はもはや世界から尊敬されていない」というトランプの発言は真実だ。だから現状に不満を抱く大衆の支持を得た。

一方、クリントンは幻想の中にいた。米国は軍事的に相変わらず強いと信じ、ロシアとの対決に乗り出す構えだった。ウォール街の代表のようになり、トランプの倍以上の金を選挙戦につぎ込んだ。そして社会の現実が見えなくなっていた。

トッドは例によって、自由貿易は人々を貧しくすると信じるなど、経済への理解はお粗末だ。それでもトランプ勝利にポピュリズムと叩くだけのメディアと違い、既存政治エリートに対する大衆の反乱には理があると正しく認識している。

ところで佐藤優は、1950年代の「赤狩り」で名高い米政治家マッカーシーについて、「国務省内に共産主義者がうじゃうじゃいると大ボラを吹いた」と述べる。しかし近年公開されたベノナ文書により、マッカーシーの主張は正しかったことが裏付けられている。「インテリジェンスの第一人者」であるはずの佐藤が知らないのは、まずいのではなかろうか。

2017年1月13日金曜日

〔翻訳〕新年の世界金融、5つの焦点

Paul-Martin Foss, Top Five Monetary Policy Issues To Watch In 2017(金融政策、2017年に最注目の5案件)より抜粋。

以下は2017年に注視すべき5つの最重要案件(issues)である。

(1)トランプ新政権。連邦準備理事会(FRB)の理事には2人の空きがある。次期大統領が送り込む理事の顔ぶれ次第で、イエレン議長(Chairman Janet Yellen)は今年中、政策金利を上げ続けるよう、さらなる圧力を受けるだろう。

(2)欧州の金融悪化。ギリシャの債務危機は未解決だ。イタリアではモンテ・パスキ銀行(Monte dei Paschi)が救済に直面し、ポルトガルも銀行業界に脆弱化の兆しがある。ドイツ銀行の経営問題もあり、今年は最悪の状況がありうる。

(3)不確定な中国。人民元(yuan)は国際準備通貨になりつつあるが、経済はなお困難に直面。民間債務は高水準で、保険・銀行の土台はもろく、政府は元防衛へ外貨準備を売却。中国経済の崩壊が西側に波及すると大変だ。

(4)現金廃止政策。インドが示したように、「現金との戦い」(war on cash)が世界に広がっている。米欧では高額紙幣廃止の大きな動きはないものの、現金の使用と金銭上のプライバシーを少しずつ制限する動きは続くだろう。

(5)金融危機の再来。過去数年、世界中の中央銀行が何兆ドルもの新しいマネーを金融システムに注いだ結果、バブルの拡大と破裂、それが導く金融危機(financial crises)は避けられない。

2017年1月12日木曜日

筒井清忠編『昭和史講義2』


平等主義の呪縛

戦中と戦後の社会は性格がまったく違うと思いがちだ。しかし近年歴史学では、戦中と戦後の連続性が注目される。本書(おもに沼尻正之「第20講」)によれば、キーワードは「平準化」。日本を戦争に追いやった平等主義は戦後も生き残り、自由な社会を脅かす。

ドイツの社会学者ダーレンドルフは、ナチズムには近代化を促進した「社会革命」の側面があると指摘した。強制的同質化政策によって、人々がさまざまな伝統的しがらみから切り離され、結果として突如互いに平等な存在となったという。

日本でも同様の議論がある。三谷太一郎によれば、日露戦争の戦費調達で大幅な増税を実施した結果、税額で選挙権が決まる制限選挙制度下で、選挙権を持つ人の数が大きく増えた。これが大正デモクラシー成立の前提条件になったという。

筒井清忠によれば、戦前の思想のうち社会主義思想、総力戦思想、一君万民思想の三つは平等化を志向する点で共通し、社会を平準化に導いた。実現を担ったのは革新官僚。国家総動員法、一連の社会保険、食糧管理制度などを成立させた。

経済学者の野口悠紀雄は『1940年体制』で、戦後高度成長を成し遂げた日本の経済は、戦中に形成された戦時経済の延長線上にあると指摘。グローバル化経済に適応するには、この古い経済体制から脱却しなければならないと主張した。

経済学者らしく平等主義の幻想にあまりとらわれない野口の議論と異なり、本書の執筆陣は戦後社会を呪縛する平等化を必ずしも克服すべき対象とみておらず、そこには不満が残る。しかし平等主義・民主主義と戦争との親和関係というタブーに踏み込んだのは、貴重である。

2017年1月11日水曜日

〔翻訳〕憎むべき言論こそ守れ

Transcript for “Nat Hentoff on Free Speech, Jazz, and FIRE”(ナット・ヘントフが語る言論の自由、ジャズ、「教育における個人の権利」財団)より抜粋。ヘントフは米国のジャズ評論家、コラムニスト。2017年1月7日死去。インタビュー動画はこちら

〔言論の自由を定めた〕合衆国憲法修正第1条(First Amendment)は世界でもたぐいまれである。中国、ロシア、北朝鮮はもちろん、フランスのような国でさえ、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)はなかったと発言すると面倒なことになりかねない法律がある。

今は米国でも言論は理想ほど自由ではない。言論の自由の真髄とは、オリバー・ウェンデル・ホームズ(Oliver Wendell Holmes)判事が語ったとおりだ。「いいですか、言論の自由とは、自分が憎む人々の言論の権利を擁護することです」

米国ナチ党(American Nazi party)がイリノイ州でデモ行進を計画した際、論争が巻き起こった。ナチスに言論の自由があるのか、というわけだ。私〔ナット・ヘントフ〕は記事でホームズ判事にならい、もちろんあると書いた。ずいぶん不評だったけれども。

米シラキュース大学(Syracuse University)の電子通信に関する言論規約にはこうある。「性別、民族、人種、宗教に関するものを含む、いかなる『侮辱的』メッセージの伝達も禁じる」。これが言論の自由だろうか。

米国には現在、史上最悪の独裁的大統領〔=オバマ〕がいる。信じがたいことだが、彼はシカゴ大学で合衆国憲法(Constitution)を教えていた。学生は授業料の一部を返してもらわなければならない。

2017年1月10日火曜日

筒井清忠編『昭和史講義』



平等主義の害毒

戦前・戦中の日本人をテロと戦争という暴力に駆り立て、日本を亡国の淵に追いやったのは、強欲な資本主義でも放縦な自由主義でもない。それらを憎む平等主義だった。平和を守れと叫ぶ人々はこの教訓に学ばず、一方で格差反対を叫ぶ。

昭和超国家主義運動の思想的リーダー、北一輝は『日本改造法案大綱』で、クーデターにより日本を平等な社会にするシナリオを描いた。私有財産制度を制限する一方、労働省新設で労働者の待遇を改善し、児童の教育権を保全するなどだ。

北の最終目的は、国内的に平等主義的な改革を実施したうえで、国際的にも平等主義を実現するためアジア諸国を日本が解放し、英米の世界支配を覆すことだった。これは大衆の平等主義の要求に合致し、時代を動かしたと本書(筒井清忠「第7講」)は説明する。

平等主義の毒は強烈だった。1921(大正10)年、北一輝の思想に影響を受けた青年が安田財閥の安田善次郎に「貧困な労働者向けのホテルを造れ」と要求、断った安田を刺殺する。「1%対99%」の対立を煽れば、最後はこうなる。

陸軍の青年将校らも北の思想に心酔しクーデターを計画、1934(昭和9)年の二・二六事件を引き起こす。一方、天皇周辺の親英米派を貧窮にあえぐ民衆の敵とみなす発想は、日本を太平洋戦争へと導く一端となったと本書は指摘する。

2017年1月9日月曜日

〔翻訳〕最低賃金上げの教訓

Brittany Hunter, What Puerto Rico Can Teach Us About the Minimum Wage(プエルトリコが教える最低賃金の教訓)より抜粋。 

米国の2007年公正賃金法(2007 Fair Minimum Wage Act)で、各州は最低賃金を2006年の時給5.15ドルから2009年に7.25ドルまで引き上げるよう求められた。この法律は自治領であるプエルトリコ、米国領サモア、北マリアナ諸島にも適用された。

2009年までに米国領サモア(American Samoa)では雇用者数が30%も減る。特に重要なツナ缶産業では58%の急減だ。1人当たりGDPは2006年比で10%近く減った。北マリアナ諸島(Northern Mariana Islands)では雇用者数が35%、1人当たりGDPが23%の減少だ。

最低賃金引き上げで、プエルトリコでも2007〜2013年に失業が急増し、1人当たりGDPが7%近く減った。その結果、若くて健康なプエルトリコ人の多くが米国本土(U.S. mainland)に渡り、そこまでやる気のない者や高齢者は取り残された。

最低賃金引き上げ後、海外の投資家はプエルトリコ人を雇いたがらなくなった。〔米国の法律が適用されない〕ジャマイカ(Jamaica)やバハマ(Bahamas)の住民なら半分の給与で雇えるからだ。

今月以降、カリフォルニア(California)やニューヨーク(New York)など20の州は最低賃金を時給15ドルに向けて引き上げるが、これは米国だけでなく、世界の最高記録でもある。社会主義がはびこるフランスでさえ現在10.9ドル相当だ。

2017年1月8日日曜日

栗田伸子・佐藤育子『通商国家カルタゴ』


柔軟な商人国家

商人はしばしば不当に蔑まれる。「強欲」「私利をむさぼる」「骨を折らずに楽して儲ける」などと罵られる。古代地中海の商業民族、フェニキア人(カルタゴ人)の悪辣な商人というイメージも歪められたものであることが、本書でわかる。

カルタゴ人は未知の住民と「沈黙交易」を行った。商品を浜に並べるといったん船に戻り、住民は商品の価値に見合う黄金を置く。足りなければ追加を繰り返す。カルタゴ人は紳士的に振る舞い、上陸して虐殺・奴隷化するなどの暴挙に出なかった。

著者は、カルタゴ人が商品の値を釣り上げた可能性もあると指摘するが、かりにそうでも悪辣とまではいえない。カルタゴ人は遠隔地まで航海するリスクを冒したのだし、住民側もその値段なら払っても構わないと判断して買ったのだから。

先住民との交易は政治力でライバルを排除し独占したものではなく、ときには命がけの努力による。ある逸話によると、ローマ船の尾行に気づいたフェニキア人船長は交易先の島のありかを隠すため、わざと航路を外れて船を座礁させ、ローマ船を沈没させた。

フェニキア諸都市は一つ一つが独立した小国家で、一つの政治統合体としてまとまることはなかった。それにもかかわらず、いやそれゆえに、六百年以上、柔軟かつ強靭に生き抜く。現代人のヒントや指針になるという本書の見方に賛成だ。

2017年1月7日土曜日

〔翻訳〕男女賃金格差の神話

Ashe Schow, Harvard prof. takes down gender wage gap myth(ハーバード大教授、男女賃金格差の神話を覆す)より抜粋。

ハーバード大学の経済学教授、クラウディア・ゴールディン(Claudia Goldin)によれば、男女間の賃金格差はおおむね職業上の選択によるものであり、性差別によるものではないという。

男女賃金格差が性差別の原因であることを示す証拠はあるのか。ゴールディン教授によれば、そのような動かぬ証拠(smoking gun)は今ではない。黒人や女性であることを理由に雇わない差別があったのは、1930年代など昔の話である。

多数の実験によれば、女性は必ずしも男性のように競争を好まない。女性は時間に融通が利くこと(temporal flexibility)を重視し、男性は収入の伸びを重視する。

同じ職業集団の中で女性の収入は男性より少ないが、これには多くの理由がある。その一つは、労働時間の違いだ。大手法律事務所は高収入かもしれないが勤務は昼夜を問わない。企業内弁護士(corporate counsel)は収入は落ちるが勤務時間に融通が利く。

男女間賃金格差の原因は差別ではない。だから政府が動いて差別を減らすことによって解決することはできない。唯一の解決策は女性に異なる選択(different choices)を強いることだが、それは馬鹿げている。

2017年1月6日金曜日

森谷公俊『アレクサンドロスの征服と神話』



英雄の正体

アウグスティヌス『神の国』の逸話によれば、捕らえられた海賊にアレクサンドロス大王が「海を荒らすとはどういうつもりか」と詰問すると、海賊は「陛下が全世界を荒らすのと同じこと」と答えたという。この言葉は英雄の正体を暴く。

本書でも引用されるこの逸話で、海賊はこう続ける。「私は小さな舟でする〔=荒らす〕ので海賊と呼ばれ、陛下は大艦隊でなさるので皇帝とよばれるだけ」。アウグスティヌスは「この答えはまったく適切で真実を衝いている」と評した。

実際、アレクサンドロスの侵略と殺戮の規模は海賊など足元にも及ばない。アムダリア川付近では山にこもった現地住民3万人のうち2万2000人が殺され、ポリュティメトス川流域では砦に逃げ込んだ住民が片端から殺害されたという。

アレクサンドロスは伝説の英雄たちに憧れ、異常なまでに名誉を求めた。先人に対抗しようとインドからの帰途、ゲドロシア砂漠の横断を敢行し、二カ月にわたり死の行進を繰り広げる。付き合わされる兵士たちはたまったものではない。

近代以降、知識人はアレクサンドロスを東西文明融合の旗手や人類同胞観念の先駆者と美化した。著者は個々の資質や性格は魅力的としながらも、「途方もないエゴイスト」と断じ、アレクサンドロス型の権力は「有害」と正しく批判する。

2017年1月5日木曜日

〔翻訳〕チリが地震に強い理由

Andrea Kohen, Why Chile Is So Resilient Against Earthquake Damage(チリが地震被害からすぐ立ち直る理由)より抜粋。

昨年12月25日、チリ南部でマグニチュード7.7の地震があった。しかし結局、犠牲者はなかった。被害にあったのは非常に古い二つの家屋と近くの幹線道路(highway)だけである。

チリでは経済の自由のおかげで、人々は高品質な耐震物件(anti-seismic properties)を選んでいる。地震に合わせて揺れるので倒壊しない。インフラを破壊するような地震でも、わずかな被害しかない。

チリは起業の妨げが少なく、富の創造を促す。その過程で事業家たちは周囲のインフラを改善し、国を美しくした。秩序と清潔(order and cleanliness)が保たれ、貧困が減少した。貧困率は11%と南米で最も低い。

1939年と1960年の地震では多数の犠牲者を出したが、2010年には大きな人的被害(human losses)はなかった。むしろ大きな被害をもたらしたのは津波だ。当時はまだ建築の津波対策ができていなかった。復興は速やかで、今では津波被害の跡はない。

民間主導の仕組みはまだ完璧ではない。政府の統制(state control)がなお多く、談合や癒着がはびこりやすい。それでも有徳な協力関係を生み、命を救い、進歩をもたらしている。政府主導でも耐震インフラはもちろんつくれるが、必ず自由が犠牲になる。

2017年1月4日水曜日

森安孝夫『シルクロードと唐帝国』



グローバル化の輝き

「グローバル化が進むと国民国家が壊れる」という主張をよく目にする。しかし著者が指摘するように、国民国家とは近代西洋がつくり出した概念にすぎず、実体はない。経済のグローバル化こそ国を繁栄させる。その阻止は本末転倒だ。

国民国家は民族国家とも言い、一民族から成る国家を指す。だがこれはフィクションである。一国家一民族の実例は存在したことがない。日本も明治時代に戸籍を作る際、朝鮮半島、中国、東南アジア出身者やその子孫も「日本人」とした(早尾貴紀『国ってなんだろう?』)。

西洋民族などというものがいないように中華民族も存在しないと著者は指摘する。返す刀で、日本の国家主義や偏狭な愛国主義も日本民族の純粋性を強調する点で中華主義と同列だと批判する。「純粋という名の排他的思想に学問的根拠は微塵もない」

著者によれば、中国文化が最高潮に達した唐は、中国史で最も国際性・開放性に富む王朝だった。それ以前の狭義の漢民族に匈奴、鮮卑などの異民族が融合して創建され、しかも一貫して多民族国家だった。今のアメリカ合衆国にも通じる。

輝かしい唐文化は仏教をはじめ、日本に多大な影響を及ぼす。シルクロード貿易という当時のグローバル化がなければ、日本文化はさぞさびしいものになっただろう。反グローバル化という排外主義は、社会を物質的・精神的に貧しくする。

2017年1月3日火曜日

〔翻訳〕2016年世界経済、5つの朗報

Daniel J. Mitchell, Last Year's Great Trends from Around the World (and Not-So-Great Ones in the US)(2016年、世界のすばらしい動向――米国のは大したことない)より抜粋。

2016年は本当に良いニュースがいくつかあった。ただし大半は米国外(overseas)の話だ。

(1)ブラジルが憲法改正で政府の歳出を制限(spending caps)。歳出額の伸び率を物価上昇率よりも低くする。香港、スイスに続き、憲法の条項によって、財政赤字に対症療法を行うのではなく、政府肥大の本当の問題に焦点を合わせた。

(2)スイスでベーシックインカム(government-guaranteed income)導入案否決。心配なことに、納税者による最低収入保障に対する支持が広がっている。しかし分別のあるスイス国民は5月の国民投票で、そのような政策の強制を圧倒的多数で否決した。

(3)英国の欧州連合(EU)離脱(Brexit)。EUは自由貿易圏として発足したが、ここ数十年で中央集権をめざす官僚制度に変容した。これは少子高齢化と相まって、緩やかな沈没を意味する。英国民が独立と自由に投票したのは喜ばしい

(4)南米アンティグア・バーブーダで所得税(income tax)廃止。政治家に新たな収入源を与えると、政府の果てしない拡大にたちまち使われてしまう。そう考えると、カリブ海の同国で所得税が廃止されたのは本当にうれしいことだ。

(5)米国でフードスタンプ(food stamp)依存が減少。同制度では詐欺が多発しており、連邦レベルでは廃止すべきだ。連邦政府には何の改善も見えないものの、カンザス州はメーン、ウィスコンシン州に続き、給付を制限した。

2017年1月2日月曜日

トッド『グローバリズム以後』


保護貿易のイデオロギー

自然科学を話題にするとき、万有引力の法則を「イデオロギー」と非難したなら、まともな知識人とはみなされまい。ところが経済の話になると、自由貿易の理論をイデオロギーと攻撃する人物は笑われるどころか、逆にもてはやされる。

著者トッドによれば、現在世界中に「自由貿易こそが問題の解決策だと考えるイデオロギー」が広がっている。このため途上国に安価な労働力があると、賃金の高い先進諸国の人々は無用だとみなされ、雇用問題を引き起こしているという。

トッドのこの主張は誤りだ。たしかに安い輸入品が増えると、競合する国内企業は経費削減で賃金や雇用を減らす。しかしこれは事実の一部にすぎない。国民全体では安い輸入品や値下がりした国産品を買えるので、生活や仕事が楽になる。

もし自由貿易が国を貧しくするなら、戦後自由貿易を推し進めた日本は今頃、極貧にあえいでいるはずだ。しかし事実は逆で、世界有数の豊かな国になった。分業が経済の効率を上げ、繁栄をもたらす原理は、国内でも世界でも変わらない。

トッドは保護主義を「経済的に結びつく人たちが連帯しあう領域を確保すること」と称賛する。だが保護貿易の狂ったイデオロギーを信じない限り、一方が高い国産品を売り、他方がその購入を実質強制される関係を「連帯」とは呼べない。

2017年1月1日日曜日

〔翻訳〕自由な社会とは

Richard M. Ebeling, How to Be a Light for Liberty in the New Year(新年に自由の灯になるには)より抜粋。

自由とは、自分の人生を自分のために生きる個人の権利である。もしその権利がなければ、「社会」という名の政治的権威(political authority)を振りかざす連中の望みや気まぐれ、思いつきの強制に従うしかない。

自由とは、各人の生命、自由、公正に手に入れた(honestly-acquired)財産に対する権利をお互いに尊重することである。人間関係に関するこの原則を無視すれば、残るのは暴力と略奪しかない。悪知恵が働き、腕力の強い者がそれ以外の者を隷属させる。

あらゆる人間関係の基礎は、平和で自由な承諾と合意(consent and agreement)でなければならない。取引の条件がもっとよければいいのにと思ったとしても、最低限受け入れられる条件で合意したとすれば、取引しないより状況が改善すると考えたことを意味する。

自由とは、公正に手に入れた財産に権利を認め、他人が略奪や課税をしないことである。たとえ多数派の考えでは少数派が「正当な取り分」(fair share)を払っていないとしてもだ。個人にしろ政府にしろ、暴力で正当な財産を奪うのは不正である。

自由とは、商品やアイデアの市場における自由な競争を支持することである。そこから創造と革新のエネルギーが生まれ、社会の人々すべての生活水準(standards of living)を高める。

謹賀新年

新年あけましておめでたうございます。

いつも讀んでくださつてゐるみなさん、ありがたうございます。

今年もどうぞよろしくお願ひいたします。

2017年元旦

木村 貴